待つということ。 - 2010年03月30日(火) 今日は多忙でした。 なんて書くと随分充実して毎日を過ごしているように見えますが、 何のことは無い、ただ友達と遊ぶ約束が多かっただけです。 で、今日思ったこと。 「待つこと」について。 小学校、中学、高校と一緒の学校に通った数少ない学友と、 今日久しぶりに会えることを楽しみにしていた私は、 「ここのカレー屋さんに連れて行こう。 お店がオフィス街にあるから混むだろうし、 11時30分開店だから11時集合にして。 開店に間に合うように食事したいな」 なんてことを構想して、前々から友人にその旨を伝えました。 と、そんなこんなで当日の朝、 友人から早めに到着したので○○で待っています、との連絡。 なるほど、よし、今から家を出れば間に合うかな。 そう思った私は、彼にすぐさま連絡。 ところが、電車に乗っているうちに、 時間的にもしかしたら○○まで行くよりも、 やはり当初の集合場所に行ったほうが、11時で集まれるかな、と判断。 そうして、実際、最初の目的どおりの集合場所と時間で、改めて連絡。 彼からは、「了解」の返信。 しかし、私が集合場所に到着したところ、 11時間際になって彼から、 「ごめん、やはり11時30分集合でいいかな」と連絡があり。 もうその時点で「せっかく早めに落ち合おうと思ったのに・・」と思い。 まぁ、それでも仕方ない事情もあるからよしとするとして、待機。 で、結局彼が到着したのは、11時40分ほど。 もう嫌だった。私は幼稚かもしれませんが、もう遊びたくありませんでした。 こんなことを言うと、本当に根性捻じ曲がってんな、と思われそうですが、 人と遊ぶ約束なり会う約束をする、ということは、 それは「自分の時間を割くこと」のみならず、 「相手の時間も割くこと」であることを意味することを意識すべきかと。 もちろん、遅れることは誰にだってあると思いますし、 そういった場合は、「仕方ないな」と思えるだけの理由も必要だと思います。 しかし、その今日遊んだ彼は、遅れて現れても何の謝罪もせず。 結局私も彼と当初のカレー屋さんで食事、それから遊んだりしましたが、 終始、「つまらない」という気持ちが拭えませんでした。 遊んでいる間も、どうも、彼と一緒に行動していて、 「イラッ」と感じることが多くありまして。 別にそれは彼の人間性を否定するわけではありませんが、 恐らく、「合わない」そういうことなのかな、と思いました。 でも「合う・合わない」はここでは問題にするつもりはありません。 結局何が言いたいのか、ただ愚痴を吐き出したいのか、 きっと後者なのでしょうが、とにかく、 「人と会う約束をすること」は、「人の時間を割くこと」であり、 前もって組んでいた予定を崩したりすることには、 それなりの事情や理由が必要だと、改めて今日感じました。 何が言いたいか、っていうと、「待つ」ことは、私には苦痛。 それをクドクドと述べてみました。 まぁ私も人を待たせた経験が無いとは言い切れないので、 こんなカタチでの八つ当たりと戒めを同時にしてみた次第です。 社会人になったら、そういう「時間」の使い方、使わせ方、 ちょっと意識して自分のコントロールと、他人との約束をしてみたい。 そんなことをふと思ったり。 *** 2010/3/31 3:19 ...
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