何も知らないけれど・・・

2009年12月28日(月) 歌びと

あの25日から寝込んでいましたが、やっと復活。
節々の痛みも取れ、声も出るようになりました。
主婦が寝込むと、家族は悲惨な状況に。
つくづく、日頃の家族への手のかけすぎを反省しました。

   
歌びと

夜の闇の茂みのなかに    
愛と哀しみの歌びとの声を     
きみは聞いたでしょうか                 
野辺が朝露にまどろむとき    
ものうげな笛の単調なひびきを  
きみは聞いたでしょうか   
               
〜以下略〜       
    
       木村浩 訳


こちらは、プーシキンの「歌びと」の訳詩の一部ですが、光ちゃんを好きになったとき、この、歌びとがよみがえったんです。

伏し目がちの美しい光ちゃんと、この歌びとが重なって・・・。
真夜中に、誰にも知られず嘆きの歌を歌う美しい若者って、光ちゃんのイメージにぴったりって、思ったんです。

15、6の頃はじめて読んだとき、プーシキン17歳のときの作品と知り、なんだか嬉しくって、ノートに書き写してはうっとりし、暗唱しては喜ぶ、大好きな詩の一つになりました。

作家にしろ作曲家にしろ、早熟な天才たちの、早い時期の作品は、どれも魅力的。
詩が翻訳によって別物になることも、この詩で知りました。
手許にある、金子幸彦訳の、プーシキン詩集のなかの歌びとは、


君よ 聞き給いしや
暗き夜の茂みのおくに 
愛の歌びと             
おのが嘆きの歌びとの声
野辺に音なき朝のひととき
飾りなく ものわびしげな
笛のひびきを

〜以下略〜             


どちらもとっても素敵ですが、違う味わい。
日本語のおもしろさを感じます。
門外漢ゆえ(他のことも何も知りませんが)、子供っぽい感想でお恥ずかしいですけど。
外国語のわからぬ自分は、翻訳されたものを読むことしかできませんから、素晴らしい日本語になった詩を読んで、これは、元の詩の魅力なの? それとも翻訳者の力のおかげ?って、いつも悩みますけど。
両方でしょうか。


私の見つけた、愛と哀しみの歌びと、光ちゃんは、パンちゃんのお蔭もあってか、近頃、幸せそうですが、
まだまだ、いろいろなしがらみにがんじがらめ。
愛と喜びの歌びとに変わってくれるのはいつのことでしょうか。


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