フタゴロケット
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2008年10月10日(金) 音科

眠ったまま溺れている様な夢で、
ベッドから跳ね上がるようにして目覚めた。

まだ水中にいるような嫌な気分のまま出かける支度をしていると、
いつもは、糸の張っていない機織のように空回りな早朝の天気予報が、
どこかの啓蒙セミナーの指導者のように、
大声で、押し付けがましく傘を持つことを勧める。

駅までの線路沿いは地獄だった。
iPodはすでに、音楽を楽しむためのものでは無くなっていたし、
とにかく電車の通過時には、
私は両手で力いっぱい耳を塞ぎ、
目を固く閉じて通り過ぎるのを待った。

しゃがみこんで動けなくなった私に、
同じく駅に向かっていたらしい女性が声をかけてくれた。

「大丈夫ですか」

幼さの残る顔立ちに、
優しい色のストールを巻いた、
ほっこりとあたたかそうな女性だったけれど、
その声はひどく低く掠れていた。

「あぁ、ごめんなさい。なんだか今日は調子が悪くて」

彼女はそっと私の背中に手を沿え、歩けそうか聞いた。

可哀想になるくらい、ひどい声だ。

「大丈夫、ありがとうございます」

彼女が歩幅をあわせてくれて、私たちは一緒に歩いた。

「風邪ですか」
彼女が聞いた。

「いえ、なんだか変なんです。音が頭に響いて、
 それが苦痛で不快で仕方ない。
 実は自分の声さえも」

「大変」
声の大きさに驚いた。

「あなた、もしかして私の声なんて、
 地獄から響いてるみたいに聞こえない。
 あぁ、やっぱり。そうだわ、それは病気なの」

「病気」

「今すぐお医者様に」

遂に精神科か。と思ったところ、彼女は言った。

「音科よ」


初めて聞いた「オトカ」と言う言葉に、戸惑った。

彼女は親切に、
以前掛かっていたという「音科」の病院を紹介してくれ、
それは、以外にも近かったけれど、
とにかく「音科」自体、本当にあるのかと聞いてみた。

「あるわ。実は以前、私もその病気にかかったことがあって」



もっとその病気の症状について詳しく聞きたかったのだけれど、
声は耳に痛いし、彼女は遅刻しそうだと言うので、
早速「音科」に行ってみることにした。


彼女の言うように、
彼女が以前患っていた病気と同じなら、心配することは無い。
「オトカ」で処方された薬を飲むなり、通院するなりすれば、
また普通の生活が送れるはずだ。
その証拠に、彼女が何か一日中不快な音を聞いているような可哀想な人には見えなかった。


私は、少し安心して、
でも、やはり耳を塞ぎながら「音科」へ向かった。




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