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2010年10月15日(金)
半永久的に続くかと思われた陣痛。 いきむたびに聞こえなくなる胎児心音。 夫が私の手を握りながら励ましの言葉をおくる声。 助産師さんの「いきみ」を促す合図。 それらを何度繰り返したことでしょう。 何度も「もうダメです。限界です」と泣き言をいい、いつ陣痛がきているのかもうまったくわからなくなってきたころ。 大きな、それはそれは大きな産声が聞こえました。 時計の針は朝の5時ちょっと前。
夫が私の手をさらに強く握り、助産師さんが笑顔で私に何か話しかけていますが、今はまったく覚えていません。 ただ、この世に生を受けたばかりの小さな小さな、でもとても力強い「命」が私の胸にのせられました。
はっきり言って想像していたような「感動」はあまりなく、それよりも「長くてしんどかった妊娠生活がやっと終わった」という安堵感と「無事に生まれてきてくれた」という喜びの気持ちが大きかったように思います。 そして、私の分娩中のわがまま放題の言動にいやな顔ひとつせず、ずっと側についていてくれた夫に無限大の感謝の気持ちがふつふつとこみ上げてきて。 目を合わせると泣いてしまいそうで、夫の顔をまともに見ることができませんでした。
私の産後の処置が行われている間に、大泣きしている赤ちゃんの写真を携帯カメラで一生懸命撮っている夫の背に向かってつぶやきました。
「はじめまして『お父さん』。私を『お母さん』にしてくれて、ありがとう」
今日から私たちは、夫婦という一直線のつながりではなく、生まれてきた命を通して三角形を築き上げていくのです。 もちろん不安もたくさんあるけれど、今日は、今だけは、喜びだけをかみしめて。
ありがとう。
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