僕らが旅に出る理由
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◆これは10年以上前に書いて、知人に配った小冊子に収めたエッセイ?雑文?を転載したものです。話題が古いのはそのせいです。今の私ならこれと同じ反応はしないでしょう^^; 私にもいろんな季節がありました◆
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新幹線の3つ並んだ席の、一番窓側だった。 早朝のことでそれほど混んでいない。私は真ん中の席にバッグをおいた。 しばらくすると、その真ん中の席を予約したらしい男性がやってきた。私はバッグをどけようとした。 「ああ、いいですよそのままで。混んでいないから私は通路側に座りましょう」 男性はそう言った。親切な申し出だと思って、私はにっこりした。私は不用意ににっこりしすぎる癖がある。結局通路側を予約した女性がやってきて、私たちは隣り合わせることになった。 男性は中背で太り気味、紺のスーツ姿、胸に何かのバッジを付けている。年は40代〜50代くらいか。髪は七三分けで眼鏡をかけている。「いかにもサラリーマン」だ。渋谷の交差点にいたら一日に50人くらい会いそうだ。 男性はいろいろと話しかけてきた。単に話し好きな人かと思ったら、やがて話題が逸れていった。 「45ちゃんはさぁ、カレシいるの?」 「はぁ」 「若い人はヤリ放題だろうねぇ。いひひ。俺なんかもう銀座行ったりしてもだめでねぇ。全然モテないの。金だけ持ってかれちゃうんだよなぁ」 男性はそういって卑猥な笑い方をした。 おっさん、ここは夜の店じゃないぞ。 と私は思ったが、別に腹は立たなかった。失礼な人だが、所詮私には関係ない人だ。 男性は私の聞いていたカセットテープを断りもなく取り上げ、インデックスを読んだ。 「若い人はさぁ、SPEEDとか聞かないの。安室奈美恵とか」 「さぁ。子供っぽいんじゃないですか」 「あ、やっぱり!?俺、昨日テレビで見たんだよ。そういうの聞くのって中学生くらいまでで、若い人はもう相手にしないんだってね。いや俺なんかSPEEDでもついてくの大変だってのに。そうか、やっぱりあれって、ほんとだったんだ。なるほどねぇ」 その番組なら私も偶然見た。NHKのドラマだ。つまらなかったが。 「45ちゃんはさぁ、これまでオトコ経験はどのくらいあるの」 「大してないですけど」 「またまた。結構遊んでんじゃないの」 「さあ、遊んだんだか、遊ばれたんだか」 適当にかわすつもりで言った言葉だったが、男性は食いついてきた。 「そうかぁ。遊んだか遊ばれたか。深いねぇ。いや、意外な言葉だったよ、遊んだか遊ばれたか、ねぇ」 その話を聞かせてくれとしつこいので、私はまた適当に話を作った。男性は拍子抜けするくらい素直に聞いていた。ただ淫猥に笑うだけでなく、時には至極まじめ顔でうなずいたりもした。 「いや、45ちゃんほどできた人はいないね。男にとっちゃ理想だよ」 私はばかばかしいと思った。勝手に空想を膨らませている。 「じゃあ45ちゃんは間に合ってるわけだ」 「そうですね」 「じゃあさ、誰か友達ででも・・・セックスフレンドとか探してる人、いないかな」 「ないですね。テレクラとか行けばいいじゃないですか」 「うん考えたんだけどさ、あれって相手が誰か分からないじゃない。そこまでリスク負いたくないっていうか」 「会社にも女性がいるでしょう」 「でもこじれちゃったらさ、全社員にEメール送りつけてバラしちゃうなんて話聞くじゃない。ちょっとコワいよ」 「じゃあ奥さんしかないですね」 「だめだね。見込み無しだよ。俺たちの世代ってのは、紹介されて会って、そのまま結婚って感じだったからさ。今みたいに自由じゃないよ。女房だって俺以外に男知らないし、そういうのの楽しみって全く分からないのよ。だからあいつも可哀想なんだけどさ」
しばらく沈黙があった。
ふと、男性が思い出したように言葉を繋いだ。 「でもテレクラってさ、流行ってるよね。結構ティッシュもらうもんね。俺には信じられないなぁ、相手が分かんないまま会う約束するなんてさ」 「そうですね」 「結局みんな、淋しいんだろうね」 みんな淋しい、か、と私は声に出さず口の中で繰り返した。
みんな淋しい。
ありふれたまとめ方だ。 ニュースキャスターがCMの前になるときまって言う、 「いったいこの国の政治は、どうなってしまうんでしょうか」 みたいなのと同じだ。
名古屋が近づいた。 「ほんとにもう会えないの。なんだか信じられない気がするよ」 男性は私の太腿に手を忍ばせてきたが、それを振り払って「さようなら」と言った。 男性が席を離れてから、しばらく窓の向こうを眺めた。 彼はホームに出たが最後、車内を覗き見るようなことはしなかった。 振り返らず歩いていった。 もう私の顔も思い出せないだろう。
やがて同じようなサラリーマンの波に消えた。
(終)
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