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一緒に帰ることが日課になった。
当たり前のようにあたしの教室の前で待っている山崎くんが笑いかけてくれるたびに、周囲の視線が痛いくらい気にはなったけれど、弾けるような幸せな気持ちの前にはすっかり霞んでしまっていた。
「帰る?」 「うん」
緊張するのは相変わらずで、手を繋いで歩いている現実すら、たまに夢かと疑いたくなる。 汗ばみそうになる掌、俯きがちになる視線、でも優しい声音に安心感を覚えてしまう。
「俺ね、今読んでる本があって。面白いから全部読んだら鈴川さんに貸してあげる」 「ほんと? ありがとう、嬉しい。あ、でも私に読めるかなあ」
元々、読書嫌いな私が読めるかどうかは不安だったけれど、同じ本を共有できる嬉しさの方が遥かに勝るのが恋心ってものだと思う。 山崎くんの好きなものは好きになりたいし、嫌いなものは私も遠ざけてしまいたい。
「大丈夫だよ。たいした量も無いし、読みやすいから」 「じゃあ読んでみる」 「うん」
ふうわりと綿菓子みたいな甘い甘い笑みを浮かべて山崎くんが私を見る。明日は土曜日。学校は休みになる。 それまで楽しくもなかった学校が、山崎くんという存在を認識しただけで、待ち遠しいものになった。 無駄な話ばかりが長い月曜日の朝も、彼の目が私に向いていると知るだけで、何時間でも立っていられそうな気がする。
駅までが、私達の共通の帰り道。 繋がれていた手が解かれてしまう、境界線。 強く握られていたのが嘘みたいに、あっさりと離されてしまう手。
「じゃあ、またね」 「う、うん。月曜に」
喪失感を感じてしまう私とは正反対に、山崎くんはいつも通り涼しそうな笑顔を見せる。 手を振って違う改札に入っていく山崎くんの後姿を確かめて、それから定期を取り出し改札に通した。
「そういうのってさあ、付き合ってるっていうの?」
からん、と溶け出した氷がグラスの中で音をたてた。
「え?」 「だって。その人、彼氏なんでしょ? なのに、休日に会ったりしないわけ? そもそも一緒に帰ってりするくらい恋人じゃなくたってするわけだし」
色の薄くなったアイスティーのグラスを、つまらなそうにストローでかき混ぜ、ミユキは私をちろりと見た。 言い方は意地が悪かったけれど、表情を見るにどうやら心配しているらしかった。 何て返して良いのかわからなくて、ミユキのストローを摘まむ指先を彩る紫のマニキュアに視線を落とした。
「そ…かなあ…」 「ま。あんたいいんだったら、いいんだけどさ。でもちょっと理解できない」
髪を弄りながら、外を眺める幼馴染をそっと見る。
小学校以降は別々の学校になった私達は、外見も中身もたいして共通点がないにも関わらず、『幼馴染』という細い糸を頼りに時々こうして会う。 私と違って奔放な彼女は、私と山崎くんのような関係は信じられない、と一言で片付けた。
「手を繋ぐだけなんて、今時信じられないって」 「…キスだって、したもん」 「子供みたいなキスでしょ、そんなの数に入らないわよ。何ていうの、こういうの。ジュンアイ? ケッペキだっけ」 「だって、付き合ってまだ一ヶ月だし」 「もう一ヶ月、って言いなよ」
呆れた、と言った風情でミユキは溜息を吐いた。
そんなの人それぞれじゃないの。そうも思ったけれど、黙っておくことにした。 恋愛の話でミユキに口を出せるくらい、豊富な経験なんか私が持ってる筈もない。 男の人をちゃんと好きになったのも、付き合ったのも、山崎くんが初めてなのだ。
山崎くんを知るまでの私は、男の人に興味の欠片も持っていなかったし、ミユキのように次々と相手が変わる事なんて最早異世界のような出来事だった。
「…私だってさ、休日とか会いたいし、どっか寄ったりとかしたいと思ってるけど」
遊びに行ったりだとか、一緒に過ごしたりだとか、通学路を帰るだけじゃなくて、そういった一日を過ごしたい。だけど。
「じゃあ誘えばいいじゃん」 「出来ないよ、そんなこと。だって断られたりしたらどうするの」 「だーから、なんでそんな消極的なの。だいたいさ、彼氏の方だって普通なら『休みの日は何してるの?』ぐらい聞きそうなものだけど」
毎日、一緒に帰ってる。門を出れば、手を繋がれて、いろんな話をする。 だけど、その後を一緒に過ごすような予定を聞かれたことは一度だってない。 私には一緒にいたいと思う気持ちがあるけれど、山崎くんがそう感じているとは限らないじゃないか。
「そういうのってさあ、付き合ってるって言うの?」
ミユキはまたそう言って、私の目をじっと覗き込んできて、いつもは楽しい親友との時間は急に居心地の悪いものとなる。
山崎くんはとても優しいし、私を大事にしてくれていると思う。 でも別れ際にあっさりと手を離して帰ってしまう山崎くんを思うと、ミユキの言葉に反論するだけの材料は私にはほとんどない気がした。
2011年03月20日(日)
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