蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 KILL TIME

たっぷりとしたフリルリボンのついたヘッドドレス。
すいてもさらさらと落ちる自慢の髪。
夜の子猫みたいな大きな瞳はとてもきらきらとしていて、血管まで透けちゃうような白い肌と対照的に黒い。
柔らかそうな唇に乗せた後頭葉みたいな赤が薄く微笑んで。

なんて魅力的。

鏡を覗き込んだあたしの視界には、そんな自分が映り込む。
うん、今日も最強に可愛い。
春めいた爪のパールピンクと胸元に付いた同色のリボンが似合いすぎて、うっとりしてしまう。
それくらい、今日もあたしはこの世で一番の美少女だと思うし、それは覆りようも無い事実。

けれど、そんな最強の美少女のあたしでも、勝てないものが一つ。

「ねー」

「……」

「ねーってば」

「……」

それは、『暇』という物凄く厄介で厄介な、天敵なのだ。

先週はゴタゴタして死にそうだった――比喩じゃなく死にかけた――けど、今週は南の島以上に穏やかな日々ばかりが続いてる。
最初は楽しかった。
買い物へ出かけては思う存分買い漁って、着飾って、朝になるまで遊んで。
でもそれも三日も過ぎれば、いつもの事だけど飽きた。

ベッドの上に、ごろりと転がる。
ふわふわしたスカートが足に纏わりついた。
ぺちゃんこになっちゃうかも、と思ったけど。
今日着たら明日には着ないんだから、どうって事ない。

「ねーってばっ、聞こえてんでしょ、無視しないでよ」

「うるさいな、アンタは」

服の裾を掴んで強く引っ張ろうとしたところで、義正が面倒くさそうに振り返った。

鎖骨までまばらに伸びた黒髪に、凛とした顔立ち。
そして潤みがちのくせして冷たい色をした目。
華奢で頼りなさそうな体躯は、あたしとたいして変わらない。
急に振り向く度、女の子かと見紛うのはいつものことでむしろ気にならなくなった。

ややこしい容姿をした奴。その程度の認識。
可愛さならあたしのほうが断然上だし、と言えば、義正は冷めた目で溜息を吐いた。

「んで、何。さっきからぎゃあぎゃあ煩いんだけど」

「何よ、聞こえてんじゃん。ならさっさと返事しなさいよね」

「…アンタの用事なんて、たいていロクでもないから関わりたくないんだろ」

「なによ、その、他人事みたいな言い方」

ベッドの上に横たわっていた体勢を起こす。
床に座っていた義正を自然と見下ろす形になって、満足する。
この位置関係は、とても正しい。
だって、あたしは。

「他人だろ」

何を今更、とでも言いたげに義正は眉を寄せ、床に座って読んでいたらしい分厚い本にまた視線を落とす。

「違うよ」

「…何で」

面倒臭いって思っている事を隠そうともしない、生意気な態度はむかつくけど。
今日は特別に許してやるか。

「他人なんて同等みたいに言わないでよ。ご主人様と犬だよ、あたしと義正は。他人どころか主従だもん、立ち位置が違うんだから測るレベル自体、最初からおかしいのよ」

一気にまくしたてて、舌を出せば、相手は本から顔も上げずに「意味、ズレてる」と小さく答えた。

「うーるーさーいー。そんなハナシがしたいんじゃないの。あたし暇なの、暇。それをどうにかしてよ」

そう。今日は一日暇で暇で仕方がない。
この穏やかでたおやかで麗らかな昼下がりの午後、みたいな空気は嫌いじゃあない。
でも今日はそんな気分じゃないのだ、あたしは。

「アンタなあ、」

さも迷惑そうな表情を崩さずに、相手はあたしを軽く睨んだ。

「だってしょうがないじゃん、暇なんだもん」

「じゃあ寝てろよ」

「バッカじゃないの。そんな貴重な青春の一ページを無駄に破り捨てるような真似、なんでしなくちゃなんないの」

「……正気で言ってるのか?」

「あー、もう、うるさい。ちゃんと払うものは払う、それならいーでしょ」

その言葉に、義正が目をこちらに向けた。
さっきとは明らかに違う、ある程度にあたしを意識した目。
斜めにしていた体を戻し、ゆらりと立ち上がる。
着崩れていたシャツをきちんと羽織って、足音は勿論なくて。
現金な奴。

「じゃあ行く」

「どこへ?」

さっさと玄関へ向かう小柄な体を目で追いかけ、呼び止めた。

「ミステリーツアー」

靴を履き終えた義正が振り返る。

「ミステリーって。何すんのかわかんないじゃん」

「それでいいんだよ、暇なんだろ、早く用意すれば」

「用意って何を用意したらいーの」

服装のチェックは終わったし、お化粧のノリも問題ない。
何も持っていない両手を広げ、首を傾げた。
必要な物。なんて、咄嗟に浮かばない。

「ガムとナイフと銃があれば充分」

「現金は?」

「必要ない。それを調達しに行く」

軽く伸びをした義正が、欠伸を噛み殺したような顔で楽しそうにそう言った。
釣られたように、あたしまで笑顔になる。
そうそう。そういうのを待ってた。そんな感じ。

どこへ襲撃に行くんだろ。
官邸か?いやいやあんなとこにお金なんかないな。
でも一回くらいあそこで銃乱射とかしたら、楽しそうなんだけど。
今度、提案してみようかな。

ガムを一つ放り込んで、ゆっくりと噛む義正が、玄関に座り込んだ。
白い肌に映える赤い首輪が、黒髪の合間から見えて。
当てはあるのか、思考中みたいな表情じゃない。

資産家、銀行、楽しければどこでもいいけど。
昼日なたに小さなトランクを引っ張りだし、春の陽光以上にほわほわした気分。
さて、今日はどれだけ餌食に出来るか。

それを思うだけで、あたしの心はわくわくした。

【END】

**********
KILLTIME。暇潰し。
別サイトでかつて掲載していた「犬と殺し屋」の主人公たち。
設定を考えるに近未来になるのでしょうか。

2008年07月24日(木)
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