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■ 無題3-9
あまり手加減のないその音に、すぐに誰だか想像がついた。
「あの馬鹿、」
と小さく呟くシュウスケの横顔に、何だかやけにどきどきする。
『戻る事はないと思う』
その最後の言葉が、頭の中をぐるぐると回る。何度も何度も。エンドレスだ。薄い色紙のように、それに色々なものが重なって、気付けば胸に手をあてるあたしがいて。
せっかく、控えめにいようと思ったのに。 そんな決心まで、台無しにしてくれた。
そんな事を聞かされれば、また筋違いの期待をしてしまう。それをわかってて言ってるのだろうか。
単純なあたしはすぐに言葉通り捉えてしまうから。
シュウスケはきっとそんな気、ちっとも持ってないって、わかってなきゃいけないのに。
「たっだいまー…、ってあれ、ハルちゃんは?」
勢いよく開け放たれる扉。 現れたあたしとたいして変わらない背丈の、小柄なこの家の末っ子。
あたしとシュウスケを交互に見て、それからこちらまでやってくると傍まで歩み寄り首を傾ける。 そうしていると幼い頃みたいで、可愛らしい顔をしているとは思う。
不意に出るこういう子供みたいな仕草が、ハルちゃんに親心を増長させていくんだろう。
「出かけた。飯は勝手に食え」
素っ気無くそう言って、シュウスケは払うような仕草をした。
「シュウちゃんは?」
「もう食った」
「ふうん。でも俺さあ、外で食ってきたんだよなあ…」
「お前のどこにそんな金があるわけ?」
ふい、と横を向いたシュウスケにトーヤが、にっと歯を見せて「金払いイイヒトがいるから」と笑った。
その台詞がやけに含みを持っていて、シュウスケもそれに気付いたらしく、
「何それ。女? 男?」
始終見るわけじゃないからはっきりとは言えないけれど、シュウスケがトーヤに話しかけるのは珍しい。
「んー、ガッコのセンパイ。あぁ眠いー」
大きな欠伸一つ落とす姿は、確かに眠そうで。冷蔵庫をがちゃりと開けて、パックのまま牛乳をごくごくと飲み干し、向き直る。相変わらず『毎日牛乳一本』を心がけているみたいだけど、あたしより少し高いだけの背丈はあまり変わったようには思えない。
「遊びすぎなだけだろ」
「いーじゃん、休みなんだしさ」
シンクの中に牛乳パックを投げ込み、手の甲で口を拭うトーヤがまた欠伸をした。無防備なそれは、本当に小さな子供みたいだ。
「あ…たしも、そろそろ帰るね」
時計を見上げてそう告げたあたしに、シュウスケが「ああ」とだけ言って、トーヤが「お前マジで来すぎ」といつもの口調で言い、あたしはそれに舌を出す。いつも通りに振舞うことは疲れる。でも自分が選んだ事だ。
階段を下りて深呼吸する。
「マヒロ」
そのあたしの後ろを追うように、足音がついてきた。
2008年06月11日(水)
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