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■ 無題2-16
可笑しいのは何者でもなく自分自身で、本質を見誤るのは誰のせいでもなく己をさらけ出さない俺のせいだ。 低く感じる空と、変わらず通り抜ける寒風。
アスファルトを舞う砂粒さえ、俺よりは意志を持って向かう先への覚悟を持っているように見えた。
「シュウくん」
すぐ近くから話し掛ける先輩の声は、画面越しに会うニュースキャスターとの距離感と同じで、掴めそうで遠い。
顔を上げる。先輩と目が合う。
「どこか、寄っていかない?」 「いえ、すみません。俺寄っていかなくちゃならないところがあるので」
目を逸らして、早口でそう言った。
「そっか。残念」
もう一度付き合ってくれと言えば、先輩は頷くだろう。 また隣で歩くだろう。
だが不意打ちのように俺の中に溶け込んだ距離感は、急速に何かを打ち消していく。 誰かを好きだと思う前に。 その人自身を見れているのかどうか。 俺にはわからなくなっていた。
途中の駅までは同じ。 それ以降はまだ乗り継いで帰る先輩を、引き止めることはしなかった。
家の近くの公園に一人、ベンチに座り込んだ。 寒さのせいか人気は全くなくて、時々犬の散歩に来るか、小さな子供を連れた母親が散歩に通る程度。何をするでもなく座る俺なんて存在しないかのように、彼らは一度も振り返ることもなく去って行く。
先輩と別れたのはつい先程のことなのに、随分前のように感じる。
どれくらいそうしていたのか、砂利を歩く足音が近くでする。また誰か散歩にでも来たのだろう。 ポケットに手を突っ込んだまま、ベンチの背に深くもたれかかる。
「何してんの、こんな寒いところで」
俯いていた狭い視界の中に、不意に靴先が見えた。 顔を上げる。
「…ハル兄」
巻いたマフラーに口元を埋めるようにして、小さく呟いた。
「寒いとこ好きだったっけー。風邪引くよ、早く帰れば? それとも、待ち合わせ?」 「違うけど」 「じゃあ、帰らないと危ないよ。口裂け女が徘徊中だから」
俺は溜息を吐く。
重そうなスーパーの袋を持つ姿は、いつも見ても似合わない。 じゃらじゃらと相変わらず体中に付けた、重そうな貴金属。 薄くシルバーに染め抜いた髪と、幾分冷めたように見える目つき。 明らかに真っ当な社会人には、見えやしない。
「チビの時と同じこと言ってんじゃん」
妙な既視感を覚えた。 ハル兄が俺ぐらいの年頃の時、この公園によく迎えに来ては似たようなことを言っては俺とトーヤを怖がらせて面白がっていた。
昔からこの人はいつも笑ってるけど、腹の中はよくわからない。
「いくつになったって、弟は弟でしょ。シュウとトーヤなんて、ちっこい時の顔のほうが、明確に覚えてんだよねえ」
へら、と笑う崩れた表情のままハル兄は俺の頭に、空いた片方の掌を置いた。
2008年02月12日(火)
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