蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題2-14

「一緒に帰ろうかなって思って。方向、一緒だったよね」
「あー…うん、いいですけど」

いいですけど。
言ってから、少し苦笑する。

余裕があるわけでもないくせに、変に片意地張った喋り方をする自分が笑えた。

昨日の告白だって、先輩には唐突過ぎて面食らったに違いない。
随分勝手なことばかりしているなとは、自覚はしていた。

付き合ってたとは言え、たいした期間があった訳でもなく、俺の家に連れて行ったこともなかった。先輩の家には行ったことがあったにしても、日中誰もいないと言った台詞通り、家族に会ったこともない。

その短い恋人期間中でさえも、対等に口を利いたことはない。
強制ではなく憧れが強かった分、自然とそうなった。

憧れ。

俺のこの気持ちは、本当に恋なのだろうか。
僅かに伏せた視界に、枯れ葉が舞い落ちる。

銀杏。
マヒロの好きな、木だ。
小さい時、よく落ち葉拾いに付き合わされた。

秋口の頃。マヒロの家を訪ねようとした時。
不意にその葉を見て懐かしくなって、持って行った記憶が蘇る。

たいした考えもなく手にしたそれは、インターフォン越しのマヒロの声に我に返り馬鹿馬鹿しくなった。
自分らしくない。

高校生もなってそんなもの、喜ぶはずもないのに。
そっと玄関口で捨てたそれは風に舞ったが、マヒロには気付かれずに済んでほっとしたのだった。

陽射しは温かかったが、風は相変わらず冷えて頬を突き刺すようだった。

運動部はまだ練習を終える気配もなく、走りこんでいる。
砂埃をたてて張り上げる大声を遠くに聞きながら、門を出た。

「最近さ、あの子来ないんだね」
「…誰ですか?」

知らない振りをするには、無駄な足掻きだともわかっていた。
隣でくすり、と笑う声がする。

「私ね、考えたの」

隣は見なかった。
更に遠くなったグラウンドの歓声が、風に乗ってここまで届く。
楽器の音なら尚更か、とも今更のように考えた。

「昨日ずっと…ううん、一晩中かな。色々考えてね」

何を、と聞くような無粋さは、さすがにない。
足を止めたらしい先輩の声が、後ろに下がった。
ゆっくりと振り向く。
風が吹く。
いつかの公園で凪いだ風よりずっと、冷たくて痛みを伴う。

どうして冷たさに、痛覚を覚えるのだろう。

「やっぱり私も好きだなあって、思ったんだよね」

2008年01月16日(水)
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