蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題2-3

数秒前まではぼんやりと過ごしていたはずなのに、一瞬で煩く鳴り響く鼓動に戸惑い混乱した。もう一度時計を見る。二時、ちょっと過ぎ。こんな時間に?

違う、そうじゃなくて。どうしてシュウスケが、ここにいるの。返事をするのも忘れて、立ち尽くす。マイクからは、ざあざあと雑音が流れ出ていた。

じとりと手に汗が浮かぶ。そうしている内に、『マヒロ、いるなら――出て来てほしいんだけど』少し困ったような、いつもと違うシュウスケの声だけが雑音に混じって、クリアに聞こえた。

「しゅうすけ…」
『聞いてる? つーか、聞こえてんのかこれ』

後半は独り言だったらしく、焦れたような呟きが聞こえた。

「ちょ、っと待って」

それだけ言って、通話を切る。知らずに走っていた。

かちゃり、とロックを外して玄関の扉を開ける頃になって、ようやくまだパジャマだったことを思い出す。

「寝てたのか?」

あたしの顔を見て、シュウスケは首を斜めにした。顔だってまだ洗ってないし、髪だって梳かしてもいないままだ。あたしだってこんな姿、見られたかったわけじゃない。だってまさか来るなんて。

「うん、寝て、た」
「どっか、悪いのか?」
「ん、ちょっと、」

真っ直ぐに見据えてくる目に、思わず逸らしてしまう。きっと会いたくなかったことは、シュウスケだってわかってるはず。気にしてくれたのかもしれないけど、こういうのは、ひどいと思う。好きじゃない、と言ったときと同じ顔で、「大丈夫か」なんて言うシュウスケは狡いと思う。心配してくれて嬉しい、と思う気持ちと、余計にかき乱すようなことをして酷いと思う気持ちと。ぐるぐると頭の中を両方が回って、また、泣きそうになった。

「ちょっと頭が痛くて。でも、大丈夫だから」
「――なら、いいけど」

口を閉じれば、沈黙が訪れる。シュウスケは普段から無口だ。正反対にずっと喋るあたしがこうやって黙ってしまえば、あたし達の間にたいして会話なんてないんだ、と今更のように思った。

「今日、部活は?」
「休み。つか、休んだ」
「なんで?」

最近ずっと練習に打ち込んでいただけに、平然と言い切るシュウスケに今度はあたしが首を傾げた。

「あー…練習室がしばらく、使えないみたいで。その間はパート練習だけっつーから、帰ってきた」
「そう、なんだ」

また、沈黙。どうしよう。居心地が悪い。本当意地悪。今まで休んだってこうやって来たことなんて、なかったくせに。

どこからか、銀杏の葉が一枚舞って、足元に落ちる。

どこかに銀杏の木があったっけ、と考えていたとき、

「上がってもいい?」

不意にシュウスケがそう言った。

2007年12月20日(木)
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