蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 お出かけしましょう3

呆れて溜息が出る。

そこで『そんなことないよ』と答えられないなら、聞かないで欲しい。苦手なんだと宣言している人間に、それを強要して楽しくあるはずもない。
マイペースなんだと言えばそうだけど、この人は基本的に思いつくままに言葉にしている節があるから厄介だ。

こんな風ではたして、社会に溶け込めているのかどうか。

「じゃあ春日ってああいうの、見たことないんだ」

嫌味のつもりで、わざと名称を省いて言ってやる。
それに気付いているのかいないのか、定かでないような反応を相手はした。

「んー。いや、この間見に来たかな。その時はあまりにつまらなくて途中から寝てたんだよね」
「この間?」

附に落ちなくて、聞き返した。

「うん」

何でもないように煙草の箱を出し、春日はそのうちの一本を唇に挟んだ。
そしてそのままエレベーターに乗り込む。行儀が悪い。
これで火を付けたら顰蹙ものだ。

「へえ。誰と見に来たの」

そう言ったあたしの声は、たぶん一オクターブくらいは低くなっていた気がする。

「え?……あ」

ようやく、聞かれた意味が分かったらしい。
扉が閉まった。一階のボタンを誰かが押して、ゆっくりとエレベーターは動き出した。そこにしか止まらないようで、階を選択するボタンは一つしかなかった。

休日でもないのに、エレベーターの中は割合混んでいる。
これならば充分大盛況と言えるのではないか、と苛立ちを持たない冷静なほうの思考が考えた。

目の前には、賑やかな親子連れが騒いでいる。
子供が欲しい、とは未だかつて思ったこともないし、実際その予兆は全くと言って良いほどない。

春日はどう思っているのか知らないけれど――と横目で見れば、当の本人は口元を押さえて苦く笑っている。

2007年11月22日(木)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加