舌の色はピンク
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2025年05月26日(月) 広島一泊旅行二日目、おもらし、義祖父宅へ

6時起床。晴れ。
昨晩は息子は泣かずにいてくれた。
娘は5時前に泣いてしまって、僕がベッドから布団に移って添い寝してやると、すぐにまた寝てくれた。
で6時に一緒に起きた。
まだ寝ていてくれというのが正直なところだったが、機嫌はとても置良い。
僕は十分な睡眠時間ではなかったものの、熟睡はできていたようで、体力の回復は感じられた。
そして天気が良くて気持ちがいい。
6時半まで待ってフロントに電話して、朝食のバイキングは大人それぞれ別でもいいということを確認。
僕は娘のレトルト弁当持って二人で一緒に1階のレストランへ。
バイキングは思いのほか充実していた。
生ハムがあるのはなかなか珍しい。
サラダにも大きめのエビが入れ放題で驚いた。
全体的に満足度が高い。
娘に食べさせてやれないのはかわいそうだが…
個別パックされた納豆は食べさせてやった。
そしてやはり辛抱利かないから、ゆっくり味わいもせず朝食を終えた。
ホテルを娘が探検したがったから少し付き合った。
楽しいもんな、こういうのはな。

7時半を前に部屋に戻った。
妻は息子の授乳だけ終えていた。
入れ替わりでバイキングへ。
娘にはテレビの鑑賞を許してやり、僕は自分の身支度。
昨日からオールバックで、買ったばかりのサングラスを装着している。
なかなかこのスタイルは気に入った。
妻は8時半に戻ってきた。
1時間で荷物をまとめ、息子にもまた授乳。
僕は二人を着替えさせたが、おそろいに近い色合いでとても可愛かった。
部屋を出る前に写真も撮った。
うまいこといえば10時出発の駅行きバスに乗れるかとも思われたが無理はしないことに。
10時を前にチェックアウト。
だがここでスーツケースのないことに気がついた。
僕の不手際で部屋の前に置いてきてしまったらしい。
エルボで娘を抱えたままいそいで戻り、無事に回収。相当焦った。
バスは無理そうだったので諦めて、歩いていった。
道はベビーカーにスーツケースもあると歩きにくいが天気は気持ちがいい。
予定より早めに宮島口駅に到着し、予定より早めの電車に乗ることにした。
4人がけ座席に陣取って娘を中心におしゃべりしたり写真撮影しながら30分を過ごした。
10時45分頃に広島駅着。
南口からタクシーに乗り込んで義祖父宅へ。
15分ほどで着いたのはよかったとして、
なんとここでもまた娘がおもらししてしまった…。
せっかくのおめかし服が台無しに。
荷物を運び入れつつも、娘の濡れた服をどうにかしないといけないわ、
僕のズボンまで濡れているわでてんてこまい。
ようやく息子を義祖父にお披露目できたのに、挨拶もままならぬ具合だった。
とりあえず娘は着替えさせて、服は水洗いしてドライヤーで乾かすことに。
そして息子も泣きわめき始めてしまい、妻は授乳へ向かった。
それでも15分くらいで一通り落ち着いてきたし、娘も機嫌自体はよかった。
写真は絶え間なくというくらいそれぞれが撮っていった。
おじいさんとはチョットとはいえ会話できてよかった。
子どもの世話をよくしてくださる、我々の時代とは違う、と言ってくださった。
娘はご飯を食べたがっていたから一足先に弁当をあげた。
遅れて僕らも昼食を頂いた。
注文していただいていた広島焼き。
あぶりというのがえらい美味かった。
ただまあ子どもたちの世話があるからゆっくり味わえはしなかった。
息子は結構泣いていた。
でも僕が抱っこすると泣き止むし、あやすと笑うのは面白い。
何回か集合写真も撮ったものの、娘が逃げ出そうとするから難しい。

タクシーは13時10分に家の前に来て、僕らはばたばたとあがる準備に入った。
なんどもお別れの挨拶をしてお別れ。
妻は、もうちょっとじいちゃんと話すればよかったとぼやいていた。
がんもある老齢であるし、次に会えるかもうわからないのだから、たしかにそれはそうだ。
僕も予定をこなすばかりで気が回りきらず、申し訳なく思った。

道は少々混んでいたが13時35分に広島駅到着。
荷物をおろし、居眠りこいていた娘をエルゴで抱っこして、大荷物で駅構内へ。
妻はちょっとだけでもおみやげコーナーを見ていくといい、僕は子どもたちと荷物の番をしていた。
50分に合流して新幹線のホームへ。
無事に乗車でき、二日間不安だらけのスケジュールだったのが、
ほぼこなせたと心から安堵した。
息子は眠り続けていたので僕と妻で娘の相手をしていた。
娘はアンパンマンのシールブックにおおはまりして、延々それでお芝居遊びをしていた。
一人で盛り上がりすぎて声がうるさいほど。
行きの新幹線は子連れがちらほらいたのに帰りは全然いなかった。月曜だからか。
僕はちょっとでも寝ようと、娘をかかえながら目をつぶったりしていたが眠れはせず。
それでも息子が眠り続けていてくれた分楽だった。
妻が心配するほど、13時半から数えて3時間眠りっぱなしでいてくれた。
さすがにミルクを飲ませようと、オムツ替えで起きてもらって、
僕は車両の間のスペースで読書しながらミルクを飲ませた。
娘の機嫌ももっている。
アンマンパンのリンゴジュースも17時近くまで温存できた。
疲れはしていても、理想に近い過ごし方ができて助かった。
息子は結局最後まで泣かず。
娘は抱っこの要求だけ何度もあったが、こちらも泣かずにいてくれた。

17時57分、東京駅着。
エレベーター降りて、駅員さんに丸の内北口へのルートを尋ね、
八重洲北口から北自由経路を進んで向かった。
すでにタクシーの運転手から繰り返し電話がかかってきていた。
オアゾの前で予定通り乗車。
にこにこし続けているおだやかな運転手さんだった。
行きでは娘が酔ったかなんだかつらそうになってしまっていたので、
帰りは積極的に構ってやった。
ずっと話し続けていた甲斐あって機嫌良く過ごしてくれた。
最後の15分くらいは寝ていた。
同時に息子も寝た。

予定通り19時10分に帰宅。
玄関前に置いておいたゴミ袋がカラスだか猫だかに食い破られていてショッキングだった。
荷物を玄関に運び入れ、妻には息子の授乳をお願いした。
娘は熟睡していたから居間に寝かせておいて、
ここぞとばかりに僕は自分の荷物を整理し、風呂を入れ、
着替えを整え、娘の夕飯の用意までした。
で19時半を前に娘をそのまま風呂に入れた。
寝ているところを服脱がせてシャワーで目を覚まさせたから
大泣きするかなと思ったらちょい泣きくらいで済んで、
そっからは普通に入浴してくれた。
保湿着替えしている間に入れ替わりで妻が息子と入浴へ。
僕は娘にぶっかけを出した。
肉と、あと豆腐もいれるというからやった。
それにプチトマト。
大人しく食べてくれていたので僕は息子の入浴サポートもできた。
最低限の汚れものなど見繕って洗濯機も回した。
やるだけやりきって気持ちがいい。
娘は食後すこし遊びたがってしまった。
ずっと外だったからいつもの自分の遊びしたいよね、
と妻は見守っていた。
たしかにと思って少々放っておいた。

歯磨きさせて、20時半すぎに寝室へ連れていけた。
息子はちょっとだけぐずったようだったがそれでも寝てくれた。
娘もさすがに疲れていたと見えて、いつもよりスンナリ就寝。
僕は21時を前に居間へ。
妻のスーツケースに入っていた荷物もやっつけ、
洗いものして洗濯物干して、15分だけ原神した。
さらに今日撮った写真動画をまたアップしてコメント。
そして日記書きに入った。
23時半を前に切り上げて息子にミルクやり。
今回の旅行で哺乳瓶が一つ割れてしまったので明日にでも買い足さねばならない。

0時前に寝支度。
掃除機は防虫スプレーの後だから入念にかけていった。
0時過ぎに寝室へ言ってみるとすでに妻は熟睡。
娘も息子もよく寝ている。
僕も0時半前には眠りについた。


れどれ |MAIL