舌の色はピンク
DiaryINDEXpast


2024年09月25日(水) さらなる睡眠不足、体調悪化、食べて治す

3時起床。曇り。
喉の痛みやら不快感で目覚め、その後は覚醒とまどろみを繰り返して、
5時くらいまでは暗闇のなかでぼんやりしていた。
そろそろ居間に抜け出してからしばらくすると娘の泣き声。
ちょっと見守った印象では泣き止みそうもなかったので、観念して抱っこして居間へ。
おろすとやはり泣く。
だが眠いは眠いとみえて、抱っこしながらならソファに座ることは許された。
その状態で何ができるわけでもないし、割り切って原神やってた。
6時半過ぎに妻がトイレへ立ち、その気配で娘も起きたから、そっからは朝支度へ。
オムライスはほとんど食べてくれなかった。
しかも抱っこしろが止まなかった。
今朝は忙しい。
仕方なくテレ東の子供向け番組の力を借り、その間に弁当作りを進めた。
ナシゴレン。…風の鶏そぼろエスニックご飯。
妻を起こしてからもてんやわんや。
洗濯物を干すにあたってハンガーが足りず、
クローゼットへ向かうも散らかっていることもあって勝手が悪い。
片手に持っていた娘の洗濯物をネットごと放って他の洗濯物を干し、
合間合間にもろもろの家事を片付けていったが、気がつけば娘の洗濯物が見当たらない。
探しても見つからないから妻にも頼んだ。
妻は明らかに苛立っていたが、こちらからすればそもそも洗濯物干してほしいという事情もあるし、
それはいいにしてもクローゼットのちらかりやハンガーの不足は妻の怠慢によるものだから、
とりたてて責めるつもりはないけれどもそちらが不快感を表すのはお門違いだぞ、
という本音を呑み込んで、協力には感謝を述べた。
ほどなく見つかったが出るまでに時間がなく、その洗濯物干しは妻に頼み、
他のことは一通りやっつけて、8時15分に家を出た。
今日は妻の体調次第でお迎えを僕にして、延長スポット保育を頼むことになるかもしれない。
園にその旨承知してもらい、8時半一時帰宅。
喉が痛い。睡眠不足もあってややふらつく。
妻への挨拶もそこそこに家を出て出勤。


昼前にはかなり体調の悪化を感じて妻に改めて連絡した。
今日のお迎えは妻が行ってくれるとなったから助かった。
弁当食らったあとは机に突っ伏して寝た。ちょっと寝れた。
おかげで午後は、午前よりは楽になった。

18時退勤してみると雨が降っている。
雨の中抱っこひも無しでフラフラで娘を迎えて帰宅は、
考えるだけでぞっとするほど大変だ。
妻に迎えてもらって本当に良かった。
雨に濡れる体にびびりながら19時帰宅。
妻は妻でくたびれていて、すぐに寝室で休ませた。
風呂には入れてくれたらしいから僕は急いで夕飯調理。
ユッケジャンのスープごはん。
体あったまるし美味かったのだが妻は食べられず。
喉の痛みがあるから辛いのは受け付けられないという。
これは僕の方に非があった。
以前同じケースでいけていたからという判断が甘かった。
妻はまた寝室へ。
僕は洗いものして、娘とちょっとだけ遊んだがやはり体調優れず、居間で横になっていた。
死体の汁をすすれ、あと1ページというところで、
娘が自分のタオルをかかえて寝室行きを示したから中断して一緒にベッドへ向かった。
もうくたびれ果ててフラフラで横になった。
妻からは明日の休みを勧められたが、
しかし今夜眠れさえすれば明日には回復しているような気もする。
できれば10月にまたなんでもない有給をとってデートの一つでもしたいのだと打ち明けると、
それは捨てがたいと同調の意を示してくれた。
30分ほど横になりながら会話しているとやや楽になってきた。

入浴してしっかり温まった。
妻は一平ちゃんを食べていた。
僕はまるごとバナナを食べた。
体調不良時には食べたいと欲したものを食べて治すのだ。
その後は原神くらいしかできなかった。
最低限の家事だけして23時前には寝室へ。
民話読み聞かせて23時半過ぎ就寝。


れどれ |MAIL