舌の色はピンク
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祝日。大雨。 起きた時点でどしゃぶり。 開けっ放しだった窓の前がよく濡れていた。
弁当は豚肉とキャベツでホイコーロウ風。 豆板醤で炒めてコショウ振っただけ。ピーマンもなし。 それで十分美味いからな…。 まー大分味は薄かった。でも成立してる。
仕事は30分だけ早く終わった。 というかただでさえ緊急事態宣言下で さらにここしばらくの感染急拡大もあって あげく祝日出勤は早上がりが許されてるのに 無駄に定時近くまで置かれて 上に立つ資格ない無能が上に立つとあちこちに迷惑をかける。 ただこの無能、そう悪い人でもないのだけど…。
夕飯はお魚とうどん。 焼き魚のつもりだったが軒並みやや高く、 どうせなら火曜日が刺身以外の魚安いからと、 今日はエンガワの刺身にした。 ご飯は少なめ。 うどんは一玉を二人分とした。 しっかり美味い。
夜半、にわかに風が強まり、夫婦でベランダに立った。 二人は強風が好きだ。 その後も窓を開け放して楽しんだ。
割拠についての一時的なとりまとめ。
まず、重商主義による土地の奪い合いを省みて、 領地内で生産力を高める資本主義経済が発達していった。 ところが、生産のためには領地があればあるほどよいとされる。 市場原理主義は商業によって自由で公平な競争を実現し、 最大多数の最大幸福(世のためが人のため、人のためが世のため)を 是とする理念を普及させ、 多くの人にとって便利で効率的で豊かな生活を与えたが、 そこから切り捨てられる敗北者を生み出した。 しかし建前上の平等観念から、救済も組み込まれている。 共同体の“個人”の膜がまだ薄かった共生社会においては 自発的な相互扶助があったが、 国民の“個人”の集合体となった近代国家ではこれを国が請け負って、 福祉を充実させる取り組みに変遷していった。 市場原理主義は、人々の居住地を都市化していく。 便利で効率的、合理的で、そのために画一的な街となっていく。 都市および都市圏には地方から人口が流入してくる。 外来者もまた、個性を封殺されて都市化する。 しかし元の性質も潜在的に維持している。つまり二重性を獲得する<ビナヤカ>。 都市には<まなざし>が無限にあふれかえっている。 <まなざし>は自己と他者を結ぶ線分で、 その多くは互いに表徴、虚像を見つめている。 自分に都合のいい他者像、他者に都合の良い自己像<スペクトル>が、 都市の住人である。 都市人は常に正解を求めて生活する。 不正解に怯えながら生きている。
転入者はストレンジャーで、 画一的な都市の型はそれを受け入れるのに都合がいい。 個性が剥ぎ取られるほど、ストレンジの度合いは弱まる。 関係性および社会的資本の喪失も、自然の成り行きである。 人物の個性は内在に秘められ、外へは明かされなくなっていく。 スペクトルは複雑立体化していくばかりである。 一人の人のなかに、無限の人、無限の解釈が生まれ、 <三千世界>に行き渡る。 一瞬一瞬のうちに、<三千世界>が使い捨てられていく。 自分にとってそうであるように、 <他者>にとっても同じく、<三千世界>がある。 <他者>により解釈されてしまう不幸に対して生じる、 内なる言い訳こそが、<地獄>である。
人口減少社会においては、開発圧力が低下し、行政サービスも縮小していく。 社会学の殆どは、社会の成長・拡大を前提としてきたため、 縮小されていく社会についてのビジョンが欠如している。 小さな政府のもとで国民が充実した福祉を授かるには、 地域社会、町内会やNPOの協力が不可欠となる。 しかし国民(住民)のほとんどは、 税金の支払いによる対価を求めるだけの、客の感覚が根強い。 ここに、自身が全体の一部である自覚があれば、 地域社会の活動にも意欲的になれるはずであるが、 なかなかそうはならない。 地域に流入してきた層にとっては尚更で、 そんな彼らを地域にいた層が<歓待>できるかはこれもまた難しい。
ストレンジャーが真なる意味でその土地に根付くには、 すなわち共同体の一員になるには、 個人としての在り方と 人員としての在り方を両立させる必要がある。 ここには二律背反の克服がある。 ビナーヤカは悪神であったが、 菩薩観音とのまぐわいを交渉して仏法に帰依し、 障害除去者となった。
他者を知ることは、情報について知悉することでなく、 他者と経験-世界-を分かち合うこと、 他者の世界に自分を置いてもらうことである(空海)。 相手の<三千世界>にいる自分を知覚することで、 他者は個人としての人格と、人員としての立場を <私>のなかで獲得する。
祭りは内部の領分であるが、<内部性の爆発>である。 ………
まだ整理しきれないな。 でもいい感じ。
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