舌の色はピンク
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| 2021年08月07日(土) |
ジェントリフィケーションに騙されるな |
久しぶりの物件内見。荻窪へ。 11時に現地だから10時30分に最寄りの高円寺駅に着く必要があり、 すると10時15分には家を出なければならず、 余裕を持って10時10分には支度を終えておきたい… という、いつもながら時間のくわれるスケジュールにも慣れてきた。
晴れから曇り空、高円寺駅に着いた頃には小雨。 荻窪にはかなり早めに着いたが、 徒歩14分というわりにやたら現地が遠く、 結局20分ほど歩いた。 外観はかなりいい。瓦屋根の平屋で、古めかしい純日本家屋だ。 入ってみた印象は事前に見た写真とそう変わらない。 和室8畳と6畳の陰影は好ましく、廊下越しに見る庭の眺めは気持ちがいい。 だが全体的に汚く、傷と汚れが目立つ。 これは全入居者が子持ちで、かなりその幼児が痛めつけたものだしい。 これから入るクリーニングで一通り補修されるそうではある。 風呂場は一番の批点だった。 昔ながらのタイル式で、非衛生的な見た目をしている。 浴槽は狭く深い。 毎日この風呂に入るのかと思うと気が滅入る。 キッチンは思いのほか使い勝手はよさそうだ。 シンクが広く、またコンセントがあちこちにある。 冷蔵庫もなかなか大きいサイズが設置できるだろう。 納戸はあるが収納は足りない。 今回の物件は80平米だから今より20平米以上広くなる寸法だが 物を置いてみると狭苦しく感じそうだ。 広い庭が難しい。 まちがいなくこの物件の褒めどころでもある一方、 虫がわんさか湧くことは間違いないし、 また平屋である都合上、洗濯物はここに干すことになるが、 干すのと取り込むのとで毎日外に出なければならないのは 夏冬はかなり億劫だろう。 問題点はいろいろある。 駅からは遠いだけじゃなく、かなり道が退屈だ。 荻窪の魅力のない町ではないが、その魅力が現れない。 この物件はすでに5組が内見しており、 うち3組は検討中とのことだから、 この土日には決まってしまいそうだった。 妻は乗り気で、この家に住むビジョンは見えてきているらしい。 僕には見えないが、また夜に相談しようということになった。
高円寺に戻り、妻は皮膚科へ行った。 僕はスーパーに寄ったが長居はできない。 必要最低限の動きで昼食と夕食の材料を買った。
お昼はつけ麺。 買ってきたやつ。 万能ねぎとメンマを加えてみたらめちゃウマ。 ティービーショーは王様のブランチ、 マンガ特集してた。 少女漫画…というかレディコミか。 仕事はできるが私生活は汚部屋で腐ってる主人公を お世話しまくってくれる家事大得意のイケメン後輩、 という設定の漫画で、 もうこの手のキャラクターは全然珍しくない。 こんなんばっかりとすらいえる。 20〜30代女性向けはお世話されたいのばっかりだ… でも一方で、男性向け、萌えの分野でも、似たようなものだ。 料理ができる男主人公は多い。 手っ取り早く話を回せるし人間関係も構築しやすく 親交や好感度を深めていける(ということにできる)構造になってる。 しゃらくせえや。
妻はその後打ち合わせ。 仕事ではなく文芸サークルの定例会。 僕の方は本読んだり資料まとめたりネットしたり、 だらだらしていた。
夜は餃子。 キャベツ刻んで塩振っておいて水抜き、 刻んだニラとニンニク足して合い挽き肉と合わせて 醤油砂糖みりんで味付け、タネのできあがり。 餃子を包みながら妻が、今日の物件を殊更に推してきた。 そのなかで、何のために生きてるのかを引き合いに出された。 ずっと古民家には住みたかった、 こういうときに機を逃しては、 じゃあなんのために生きてるのかってなる… そういわれると、こちらとしても肯ずることとなる。 なにしろそれは、生の実感の話だ。 すでに不動産屋がしまっている時間だったから、 明日朝イチで契約を申し込みたい旨を電話することにした。
都市論について私見。 東京を知っている、というと、 まず真っ先に浮かぶのは、 定番の観光スポットおよび 真新しい商業スポットに暁通しているかどうか、 といったあたりが挙げられる。 しかしこれは外部的な発想だ。 新宿駅で迷わないとか、 各ヒルズにどの店舗が入っているだとか、 その時々の展示を把握した上で美術館を案内できるとか、 外環道や首都高速の立ち回りが上手いとか、 東京を知るって、全然そういうことじゃない。 そういう、ガワの部分、表皮の部分、 副次的な部分を本質みたいに扱っているイナカモノは多い。 ここでいうイナカモノというのは精神的な意味で、 地方出身者を意味しない。 東京育ちでもイナカモノはいる。
それらは作られた東京、 化粧された東京で、 まさにそういったデコラティブな虚像空間こそが 東京なのではないかとする声もあるだろうが、 やはり本質ではない。 地方にもある。規模が違うだけだ。 住宅街、小さな店、小さな展示室、小さな公園、 隘路、狭い空、東京の呼吸、東京の細胞を知ること。 ジェントリフィケーションに騙されないこと。
ちょっとした思いつき。 貨幣のような共同幻想、 全員が共通の認識をしているからこそ成り立つ観念、 実体とかけはなれた付加価値やストーリーが備わる… これは何かに転用できそうだ。 貨幣のように、という一つの論法として。 ヘンテコロジックになりうる。 今はまだこれという答えを出せないけれど。
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