舌の色はピンク
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| 2021年05月27日(木) |
どうするどうなるオリンピコー |
ヨイジャナイ思いして って言い回しがあった。母親に。 ふと思い出した。
僕に対しても使われてたし、 母が誰かと電話してる最中にもよく使っていた。 文脈からはなんとなく、 大変な思いをして〜 といった意味合いが読み取れた。
きっと二十歳を過ぎてからだが、 いよいよ放ってはおけんと発起して 直接訊いてみた。 「それどういう意味なの」 「あんたは言葉を知らないね。 容易じゃない、容易じゃないって、言うでしょ」 言うか? よそでは見聞きしたことがない。 あわやケンカになりかけたが、 なるほど「容易じゃない」で「大変だ」かと、 なかなか面白く思った。 母は苦難や苦悩のニュアンス(「大変な思い」)で使っているから、 「容易」の字義からすれば明らかに誤用ではあるのだが 「大変だ」がニュアンスを媒介して意味合いを成立させている。
で、今日調べてみた。 「容易じゃない」は茨城の方言らしい。 母は埼玉育ちで、成人してからはずっと東京だから どこでそんな方言仕入れて来たんだと訝りたくなる。 でも母の姉弟相手には通じているようで、ますます不思議だ。
しかしやはり、難事を示す意味合いにとどまるようで。 辛い目に遭ったといったニュアンスで 「容易じゃない思いをして」なんて言い回しをするとは、 どこからも読みとれなかった。
割拠、 ようやく参考資料も打ち止めってとこまできたから いよいよプリントしたろかしらな。週末かな。 40枚分くらいにはなるんだよな。 1枚に本の選り抜き8P分くらい詰め込んでるから 単純計算で320ページの情報量か…まじ? いやいや、これ少なく見積もってだ。 400ページぶんぐらいにはなるな。 …読んだなあ! だからって褒められるわけでなし、 ちゃんと形にしなくっちゃあな。
東京オリンピックの動向がかなり見ものだ。 誰がどう考えたって中止だろうが、 といえるほど単純な状況じゃなく(当たり前だけど)、 結構の理由も中止の理由も肥大化しすぎていて、 どんな落とし所も正解じゃないし、 なんというか究極にバランスの取れた問題に仕上がってしまったと思う。 もともとが国家的大事業で、 多くの課題もはらんでいて、 そこへきてコロナがドーンとやってきて、 2020年に延期が決定してから 論点はますます複層化していって、 大会まで60日をきった今、 この問題は絶頂といえるほどの高みに達した。 当事者意識を可能な限り遠ざけてしまえば、面白すぎる。
おおざっぱにいって、 中止と唱えれば人道的な立場が確保できそうだ。 しかし、中止になった場合の経済的損失を鑑みれば、 それを理由とした人死にだって出るだろう。 それを理由とした不幸は無数に出る。 そこんとこの因果関係は厳密に立証しえないにしても (決行しても経済的損失とそれを理由とした不幸は発生する)、 そう主張する立場の人はいくらでも湧くだろう。
だいいち、中止の責任をとれる人間がいない。 権限、代表の立場はあるだろう。 だが名前が置かれているだけじゃない。 そこにいるのは一個の人格ある人間だから、 責任などとれたものじゃない。 下にいる人間は一顧だにしないが、 (貶めたいときに限り、利益追求型といった都合のいい人格を調達する) 彼ら彼女らだって家族もいれば 寝る前にその日あったことを思い返しもする、人間なのだ。 知事も理事も利権屋も。 彼ら彼女らの見える限りの仕事が 下の人間にとっては 彼ら彼女らの人生そのものだが、 実際には、彼ら彼女らの人生は続く。 肩書を失おうと、歴史に忘れ去られようとも。 保守、保身的な打算を働かせるのは果たして姑息だろうか。 そう斟酌してやるのは行き過ぎた温情だろうか。 このあたりの 人間としてのぶれ も、問題点の複雑化をブーストさせてる。
昼飯は初めての店。居酒屋かな。 飯屋のある区画の外れという立地で、 また今日はここにしておくかと9割がた心に決めつつ 5mだけ進んで大通り沿いも確認してみることにした。 その十数秒のタイムラグで他の客に先に入られたら業腹だなあと思いながら、 果たしてその重数秒で ほんのわずかな差で4名客が入り口まできていた。 さらに、1名の単独客まで後ろに加わっていた。 最悪だ。 もちろんこの5名に苛立たしさが募ったわけじゃなく、 単に「先を越された」不運を嘆いているわけでもなく、 みそは 「予測できていたのにその結果になった」 てとこだ。
これ、人に言うとすぐ誤解される。 どうでもいいような、自明の、言うまでもないようなコメント返されたりして。 そこがまた腹たったりする。 対戦ゲームでよくある。桃鉄とか。 不利益のリスクを予測しながら、敢えてその一手をとる。 で、結果的にその不利益な不運が訪れた。 予見してようが、望ましくない結果に対しては、面白い気分になるわけがない。 だから、ちょっとはムッとなる。 そこへきて、「ほらあ」と余人がいう。
今回は一人きりだったから、余計なコメントを入れてくる輩はいない。 ただ、脳内で勝手に仕立て上げてしまった。 あまりにも過去の記憶が苛立たしいからだ。 先日書いた、「おやじぃ。」のエピソードも根は同じようなもんだ。 「そのときの正しさ」とも通ずる。
飯はうまかった。 が… このお店は唐揚げのソースを おろしポン酢か油淋鶏かお好みで選べる。 おろしポン酢で注文したのだが、 一口目の唐揚げのカリカリサクサクは感動的であったのに、 後半は過剰なソースにやられ せっかくのからあげがビショビショ。 ソースを別添えにするか、 または二択じゃなくてソースは無しとか、 可能なら少なめとか、 そういうオーダーができたらいいと思うんすけどお! と思ったけど口には出さない。 フロアの店員にいってもクレームみたいだし、 貴重な意見とも思われないし。 こういうとき客席にアンケート用紙でもあれば役立つのかな。 あったら書いた。今回ばかりは。 だってせっかくの唐揚げがビショビショ! 後半冷えてるししなってるし。 これが油淋鶏ならそういうもんですねって話だけど。
夜は牛肉ちらし寿司。 のつもりが、思いのほか涼しく肌寒いくらいだったから、 なにかあったかいものにしよう と意気込んでスーパー行って よくわからないまま なぜかチキンソテーにしてしまった。 フライパンにオリーブオイルぶちまけて 鶏もも肉置いてアルミホイルかさねて なみなみ水を注いだ鍋を重しとして載せる。 はじめ強火で焼いて皮をパリッとさせて、 あとは弱火で10分弱。 塩コショウを揉みこんどくのを忘れたからここで振った。 ひっくり返して5分。 その間にソース。玉ねぎ刻んでバターで炒めて ウスターソースとケチャップと醤油と粒マスタード加える。 こっちにも塩コショウした。 肉の方の火は止めてあとは余熱。 うまかった。肉、柔くできた。
5月きもちい。
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