舌の色はピンク
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2015年03月01日(日) かたりがたり

オチのあるなしについて。

オチのある話は完結しきっており、
一人語りで成立して、尊重の精神が求められる。
聞き手のコメントは総じて半畳を入れるにひとしく
厳しくいえば次いで自らも新作を披露するほかない。

一方オチのない話は開かれていて、
聞き手の茶々や想像力が縦横無尽に飛び交うなら
合作の感がずっと予期され体験的な心地よい話運びとなる。


舌の色はピンクなどと自明なことを言って、
誰にもだからどうしたなどと指摘されることのないこの場は
意識的に前者の装いで営業している。
これはWeb上のテキストとしては古い手口で、
SNSであれば交流の了解が先置かれているだけに
断然完結しきらない話の方が機に恵まれやすく
場を移せば自分もそれに倣っているところはある。
話を投げっぱなしにして聞き手を参加させるのは
ストイックには程遠いともいえる一方、
着地点が見定まらないままの歩みにはある種の勇気が要り、
聞き手の役割は増しに増し、信頼の度合いも試されて、
単語ひとつの緊張だって強張り、ずっと戦闘的だ。
時代を主語に想像力の需要拡大を信ずる僕には
先進的であるとも断じられ、
適応させていかなければならない焦りは危機感とすら呼べる。

現実世界の会話でも似たところはあり、
語るならオチという蓋で閉じない話のほうが先進的であると、
最近になってつよく認識し始めてきた。
一度認めると頭のなかを占めてやまない。
試しに実践してみる。うまくいかない。
いかに今まで甘えた語りに興じてきたか痛感する。


…なんだか、最終回のようだ。
タイトルまで引き合いに出して。
当ページはひとりきりの慰労の場、
飽きない限り今の構えのまま続けるし
飽きたらいつでもやめる。

/

追記。
ことここにいたって、
英語圏の「ジョーク」が大嫌いな理由が
ひとつ明らかにされたようであり、
これには溜飲が下がった。
あんな前々々々々時代のものはすぐさま滅びて、
百年後にでも嘲笑的に甦ればいい。贄や糧でいい。
もしくは落語よろしく伝統芸化すればいい。
世に溢れかえるジョークの数々を淘汰しきって
ごく僅か残っただけをひたすら洗練していけばいい。
それも極端に残らなければ尚いい。
1個あればいい。


れどれ |MAIL