舌の色はピンク
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2007年04月08日(日) 無題

温泉に行ってきました。一人で。

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 春を前にして区内を離れ西東京へと家を越した知己が、頃日見慣れぬ土地を散策するうちに一つ温泉に入ってみたところ、極楽の意味を知ったらしい。余暇が許すならば是非足を向けてみるがいいと付け足された勧めを僕はいただいた。
 彼は湯の練達を自称している。僕は彼の言葉を信頼している。意義ある休日の過ごし方に断案を下すには条件が整いすぎていた。
 
 準備はほとんど必要なかった。タオルを袋に詰めてバッグに収めれば事足りる。しかし道程は片道3時間に渡る小旅行につき、適当な文庫本を本棚から一冊引っ張り出してジャケットの内ポケットに備えた。これで2分後に出発を控えた小旅行は磐石に至っている。
 東京最西端である奥多摩へ向かう青梅線には、どう日曜を過ごすとも知れない多くの他人で賑わっていた。知らない声がのべつまくなくやたらに響く。鈍く柔らかい孤独を感じた僕は少々居心地が優れない。しかし30分もして、車窓から覗く景色が緑で埋まる頃には、車内の人影もまばらに落ち着く。孤独は逃げた。トコトントコトン電車に揺られながら初めて訪れる土地を眺めるとフム何とも清々しい。雲影が太陽から空を横恋慕する姦計も、天気予報には反してどうやら失策に終始しているらしい展開の模様が伺えた。生い茂る緑から差す木漏れ日が草地に白髪をもたらしている美麗な様相などは、電車の平均速度を高めた科学の進歩をはばからず恨んでしまうほどだ。
 事実恨んでいると、願い通じてか、ダイヤ調整のために中途の駅で数分この早すぎる乗り物を停止させる知らせがアナウンスされ、しめたとばかりに僕は座席を立ちホームに駆け出した。
 季節の色気に快さを得て深呼吸により空気を味わっていると、頭上から風に乗った桜の花びらが降ってきた。触覚の機能を極限まで発揮して、国産のダイヤモンドダストを爽快に浴びながら、ふと胸元に異質の感触を覚えた。
「なんだ、いまさら」
 今の今まで文庫本の存在を忘れていた。とはいえ、元々は道中の暇を、感性と知識の拡充にあてる目論見の上で無為に逆らう解決法に選んだ所持品に過ぎない。
「いまさらなぁ」
 もう一度ひとりごちる。文庫本を要さずとも僕は道中の時間を感性の力学によって心地よく満たす企みに成功している。ならば我が文庫には伊達の号を飾りに与える認可が下りるだろう。伊達文庫氏には失敬して、僕は依然自然と戯れるとする。

 どれだけ到着を悔やもうともレールが敷かれている以上は電車は進む。やがて奥多摩に着いた。都会の象徴たる東京を連想してこの光景を想起する人間はごく僅かだろう。視界に広がる風景にも僕の目は山々をしか知覚せず、記憶に焼き付ける映像にちっぽけな無機物は捨象された。
 駅員に道を尋ね目的地にはスムーズに辿り着く。入浴料を払い、もどかしい脱衣を終えて、ようやく待ちかねた温泉に体を泳がせた。
 なるほど、知己の言葉の意味をここに至って知ることができる。いわく、極楽と。
 もしもこの世に湯学者なる偏狭な職業に勤めている者が現存し、湯加減という難渋な問題の正解を求めているならば、おしなべて当該温泉を訪れるべきだろう。べきだろうが、当初の目的は忘れるに違いない。職に就くとは社会を強かに生きる術であって、すなわち職務の追及を念頭に置いたごとき煩雑な思考は湯で洗われてしまう。
 ただ僕のような、骨髄が思考で支えられている特異な人間には、いくら邪な精神作用を除去する効能がある湯に浸かっていようとも、それの例外を実証せしめてしまう。流石に論理的な思考は省かれたものの、ぼんやりとしたイメージが追懐された。
 母親の胎内。
 生を全うするための努力の必要性が絶無であったはずの時分。安らぎの骨頂。ぼんやりとイメージ。いつまでもこの安らぎを維持したいと僕の物心は叫んでいた。

 まったくどれだけ生物が進化しようと、時の流れには抗う手立てがないのだから、哲学はとことん酷だ。時間制限に追われて湯をあがる。躊躇いは強いが、十二分の快感は得たゆえに理性を働かせ自分を納得させた。

 浴場前には休憩室と銘打った大広間があり悠々くつろぐことができた。名称付けるに休憩室とは皮肉なもので、たった今休むにも憩うにもこの上ない安楽を験じたというに、どうやら哀れな引き立て役を用意するのはドラマの脚本の上ばかりではないらしい。
 せっかくの引き立て役を嘆くままにするのも惜しいので、一服の時間を設けることで配役家の計らいに応じるとする。
 山と川と緑と空と雲と花と――自然を一望のもとに見渡せる席をさいわい確保できた。慣れた動作をもって安いライターで火を灯し煙を吐呑する。
 口内を通じて外気に触れた白い透明が中空を舞い、踊り、遊び、まもなく風景に同化する経過を観察していると、体が浮いた。
「魔法だ」
 魔法だ。
 なんだ、魔法はファンタジーの世界にのみ許されると反論の余地なき教育を施されてきたのに、ふん、こんなところにあるじゃないか。
 僕がこの革命的な真理を獲得した瞬間、魔法とやらの結実らしい浮揚感が不意に絶えた。
 火照った体は言語中枢を経る足労も煩わしいのか、はぁ、と間の抜けた吐息を脳を介さずに口から漏らす。
 僕は自身の吐息を耳で知覚して初めて、それがある呪文の換喩であることに気がついた。
 吐息は、帰ろう、と翻訳できた。

 魔法の杖が先端に灯す火を灰皿で殺せば、世界にひさしく血が通う。
 明日は伊達文庫のやつを愛でてやろう。
 ひとつ気楽な予定を講じた僕は、うまく愛でられたら文庫から伊達の名も撤してやるかともうひとつ予定を加えた。


れどれ |MAIL