舌の色はピンク
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いま誰と一番連絡を取り合ってるって、 12歳の女の子、だ。 ロリペドじゃないですよ マジで いやマジで。 いとこなのです。 恵比寿や白金に憧れている ずいぶんマセたオシャレッ子で、 とめどなく オトナ的話題トーキョー的問答をメールしてくるため 応対してやっている次第。 『質問ばっかりしてごめんね……』 かわいらしいじゃないの。
しかし僕はオサレに一直線な子供は大嫌いだ。
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芸術とは感性を発揮して無価値を価値に転化させることだ、 と僕のなかで定義していて、 絵画でも音楽でも文学でも勿論だし、 詩やデザイン(ファッション含む)も、 笑いもこの定義にあてはまると思う。
松本人志が幼少期、 貧乏の家に育っただけに 満足できるだけの玩具を与えられずに 「この環境でいかに遊ぶか」 を自分で考え独自の遊戯を追及していったことが 後の笑いの骨格を養うに繋がっていたとは 有名なエピソードだけれど、まさに。
子供が既成価値に物欲を抱くのはしかたないにせよ、 それが容易く成就してしまうとは悲しいばかり。 服に代表されるファッションなんて 子供にとっては あらかじめ値打ちの見出し方が画一されている 悪質な思考停止システムだ。 感性の育みには邪魔なだけじゃねぇのかあぁ熱くなってきた。 服は夜脱ぐために着るのだとは村上龍の弁。 こんなんも子供は絶対理解しえないし。せめて二次性徴を待て。 仮に言葉の上で呑み込めたとしても正確に解釈できるわけない。 子供に化粧をさせる親は 彼らの顕示欲を満たす以上に 子供の可能性を略奪している危険をわきまえてるの? 誰かの所為にしたいか知らないが ちゃんと教育して叱ってくれ。
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