舌の色はピンク
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2007年03月19日(月) 大病

僕は6歳のころに
「アレルギー性紫斑症」という
当時の医者いわく「よくわかんない病気」を患い、
少なくとも7年はベッドの上だろうと宣告され
入院していたことがある。
なにせ「よくわかんない」ものだから
病院も対処に困っていたらしい。
母親はそんな病院に不信感を抱いて反発的だった。

入院して10日も経ったころ、
幼き僕は味気ない栄養食に飽きてしまい
スイカが食べたいと母にねだった
「ダメよ、我慢なさい」
「スイカがたべたい」
「我慢できないの?」
「たべたい」
「……じゃあ、一応お医者さんに掛け合ってみるからね」

粘りに粘った交渉の末
一口だけなら問題ないでしょうと渋々承諾する医者の言質を得て、
翌日母はスイカを買い病室で一口食べさせてくれた。
「おいしい?」
「おいしい。もっとたべたい」
「一口だけって言われてるからね」
「たべたいよ」
「……」
母はどちらかというと厳格な方だったけど、
なぜかこの時は僕のワガママを聞いてくれたのだった。
調子に乗った僕はこの夜スイカを一個丸ごとたいらげた。

翌日
信じられない量の鼻血が
真っ黒い膿をともなって、出た。
狂的なまでに慌てふためく医者に対し
昨夜のスイカの件を母は堂々と白状して、
病室は怒号と血に支配されていた。

そして更に翌日、
入院から12日を経て、鼻血騒動も一段落ついたころ、
「よくわかんない病気」は
「よくわかんない」ままに治ってしまった。
その後数日間様子を見て、僕は無事に退院した。

/

「よくわかんない病気」なのに
医者がどうして7年入院という数値を叩きだせたのかとか
スイカと鼻血と疾患全治の相関性の根拠がないとか
ヤブ医者おつとか
ツッコミどころは多くあるけども、
今でもあれはスイカのおかげだったと信じているし、
あの日あの時あの場所でスイカに会えなかったら
人生は悲惨なものになってたはずだ。

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そんなわけで、スイカ様のおかげで
僕はこんにち無事に生きながらえているのです。
このお話は「スイカじゃなければ……!」って思う。
なんだかひどくマヌケだ。
鼻血もあまりいただけない。
ストーリー上のアイテムとして、
もしもスイカが苺で、鼻血が吐血だったなら
そこそこ「いい話」「奇跡的な体験談」としても語れるのかもしれない。
スイカはだめだ。命の恩スイカを蔑みたくはないけれど、だめだ。
スイカ割りなんて遊戯がまさしくスイカの地位を象徴している。
半裸姿の霊長類に雑菌だらけの棒で
汚らしく叩き割られるスイカ。しかも余興。
いじめられっ子だ。


れどれ |MAIL