ヒルカニヤの虎



 嫌な返事ってのだけ狙ってるから

あらびきでモストデンジャラスコンビ・ブロッケンジュニアとウルフマン。ザコシショウとケンコバ。びびった。なぜ村越じゃないの?
バナナマンチケットはまだ取れていません。やふおく高すぎるやろ。

きのうは兄夫婦が来て(帰宅したらいる状態)、「聖☆お兄さん」の何がよいか説明できなかったので今も悩んでいる。うーん。私は直感で物事を好き/嫌い等と感じてから、なぜそう思うに至ったかを理屈で詰めるようにしている。少なくとも言葉で説明できるようにはしている。でも最近またまともに考えていなかったのかもしれない。好きはまだいいけど、キライは突き詰めると大体自分に非があるので怠ってはいけない。
会社で一人どうも気にくわない人がいる、知識とこだわりによって仕事を異常に丁寧にやる。そのことを自負し残業をかさねる。あとはまあ私のきらいなガリ勉気質ってのも大きいけど。で、何故気に食わないのだろうとひさびさに考えてみた。うちは専門書の出版社で、でも編集者の大半は門外漢で、もちろん私もそう。でもその人は専門家で、おしみなく全力を賭けられるのだ。自分の専門だからこだわるし手が抜けない。それって理想だなあ。だからつまり、この不快感は羨望なのではないかと。門外漢を理由に本気のフルスイングをしない自分への後ろめたさではないかと。
この分野で賭けようと思ったら、私は一から学び直さなくてはいけない。もちろんそんなことしなくても誤摩化し誤摩化し働けるし、会社に何人も専門家はいらないし、最後は知識じゃなくて人柄だというし、6年もブランクのある社員はいらない。今のままのほうがよい歯車なんだともちろん知ってる。
でも知だけはね、適当に逃げられないんだよ。知への愛に関して偏執的であることは自覚している。だからこそ、他人に使われるために学ぶくらいなら、自分のために自分の専門で賭けるべきだ。命の賭けどころは恋と昔から相場はきまっている。でも恋はそう簡単には降ってはこないから、恋に賭けられないならここに賭けよか。
まあでもその人は相変わらず気に食わないですけどネ。

1週間ぐらい前から新選組にハマった一番最初のきっかけをずっと考えていて、「がきデカ」であったことに思い至り軽く凹んでいます。しかもあれは沖田フューチャーだった。10数年来の執着の発端がこまわり君て。


2008年06月26日(木)
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