「イエスは涙を流された。」 ヨハネ11:25
「イエスの涙」
この箇所はギリシャ語原本では三つの語から成っており、聖書の節の中ではもっとも短いものだと言われています。しかしその短い言葉の中に、実に深い恵みが表されています。 イエス様と最も親しかったマルタとマリアとラザロという家族ですが、そのうちのラザロが深刻な病にかかってしまいます。そこで姉妹はイエス様に助けを求めますが、その間にラザロは死んでしまいます。イエス様が与える永遠の命については姉妹は理解していましたが、この地上での奇蹟をイエス様はなしてくださいました。そのことが、11章には書かれています。 結果的にイエス様はラザロを生き返らせたのですが、その前、つまり死んだラザロの墓の前に立ったとき、イエス様は涙を流されました。その涙の意味は、親しい者が死んだという悲しみです。神が人となり、人として生きた、そのお方がイエス様です。ですからイエス様は、人間の中にある悲しみを味わってくださったのです。だからイエス様は、私たちの悲しみも痛みも分かっていてくださいます。このようなお方が私たちの神なのです、何と素晴らしいことなのでしょう。 この涙の意味は、もう一つあります。それは、罪のゆえに死を経験しなければならない人間への悲しみの涙です。人は神様を心に宿すことをせず、罪を犯しています。ですから人は、いつか死ななければなりません。それは罪の結果です。しかしイエス様は、永遠の滅びの身代わりとして十字架で死んで、三日目に復活し、永遠の御国へと私たちを導いてくださるお方です。ですから私たちは、イエス様を信じるだけで救われます。イエス様の涙によって、私たちは救われているのです。 身内を亡くした経験は、誰にだってあるでしょう。しかし知ってください、イエス様が共にいてくださるということを。このお方はあなたの救い主、永遠の命を与える神なのです。
ペニンスラ・フリーメソジスト教会 牧師 榊原宣行
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