世田谷日記 〜 「ハトマメ。」改称☆不定期更新
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2012年01月23日(月) 2011年6月のパリ(1)

 
いま雪が降っています。もう積もり始めている。
けっこうビショビショした雨が続いていて、寒い割にまったく雪降らないなぁと思っていたけれど、ついに。それとは別に数時間前からたまーに雷鳴が。それも長ーーーーいシャッターを延々と降ろしているような、アクセントのない大きな音が続くという不思議な雷鳴。そしてその上、地震もあった(最近多い)。降雪+雷鳴+地面がぐらぐら、この三種同時進行は結構シュールだぞ。嫌いじゃないぞ。ただ、これ以上大きな地震は勘弁してください。
明日は早起きして、雪掻きする。それから有楽町で映画観て、日比谷のクリニックに行く。ブーツ履いて、ダウン着て、帽子も被っていくんだ(←るんるん)
 
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昨年6月にパリへ行った時のことを書いておきます。6月9日に日本を発ってドバイ経由で10日の午後パリ着。5泊して、日本へ帰ってきたのは16日、だったかな(すでに忘れかけてる)。パリは三回目だったけれど、今回印象的だったことをテーマ(?)ごとに少しずつ書きます。
 
 
◎安宿の洗礼を受ける

 今回のテーマは「左岸を攻める」だったので、ホテルも5区カルチェラタンにした。でも、5区、6区のホテルは小さくて高い。文化の香りって高くつくのですよ。いきおい金額はそこそこ払って、与えられる環境は「安宿スタイル」ということになる。それでも清潔なベッドとバスタブだけは確保したつもりで宿へたどり着いたら…バスタブがなかった。
変形のせまーい部屋に猫の額ほどの中庭(地面はみえない、銀色のダクトのようなものがあった)に向いた窓がひとつ。セミダブルのベッドにかけられたカバーには小さな焼けこげ。ベッドサイドテーブル1。白いペンキの塗られた洋服ダンス1。机とイス、各1。入り口ドア横の高ーい所に壁掛けテレビ。あとは洗面台、トイレ、そしてシャワールーム。冷蔵庫とエアコンはなし。以上。

 成田空港の薬局で買った入浴剤「草津の湯」どうしてくれるんだとは思ったけれど、堪えたのは部屋の狭さと古さ。むしろシャワールームは改装工事したばかりのようで、新しくてきれいだった。とにかく明日にはここを出ようと、着いたその日には思ったのだけど…。翌朝、ドア脇にあった机を窓の前へ移動。ひとりで顔を赤くして机をひきずりながら、パリまで来てあたしは一体何やってんだろうとは思いましたけどね。でも、これでかなりマシな部屋になった感じ。
 そして!特筆すべきは!朝ご飯のパンとコーヒーが美味い!!クロワッサンとフランスパン、小さなバターと苺ジャム。金属のピッチャーに入った熱々のコーヒーとミルク、大ぶりのコーヒー茶碗、これらをプラスチックのお盆に載せて部屋へ持って来てくれるというシステム(食堂もバーもなんにもないんです)。これで不味けりゃ決心も固まるんだけれど、めちゃくちゃ旨かったんだ、パンもコーヒーも。苺ジャムなんて給食食べてた大昔を思い出すようなしろものだったのだけど、けっこういけるんですよ。あと、意外なことにベッドの寝心地が良かった(!)。まったくどうなってるんだろうね、このホテルは。
(シャワーブースと朝食のトレーの画像はあとからアップしますね)

 結局住めば都的なことになって宿替えはしなかった。フロントの女性もお掃除の人も、日によって、人によって、親切不親切のばらつきが凄かったり、バッチリ安宿の洗礼を受けた感じですが、面白かったと言える程度の経験ですみました。

 そういえば最近になって、ロラン・バルトが1980年に交通事故に遇った(結局その事故が原因でバルトは死んだ)その通りに、件の安宿は建っていたのだということが分かった。バルトはコレージュ・ド・フランスで教鞭をとっていた「左岸の人」だったのだから不思議とまでは言えないけれど、左岸を攻めたいと思った理由のひとつがバルトその人であった私は、絶句。かなりジンワリきました。(2)に続きます。
 
 
 


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