萬葉集覚書

2006年12月17日(日) 10 君が代も 我が代も知るや

君が代も 我が代も知るや 磐代の 岡の草根を いざ結びてな


私の命もあなたの命も、みんなこの岩に託して旅の無事を祈りましょう。
それ、その証として、この草を結んでいきましょうか。




この歌をパッと見ただけでは、おそらく意味が判らないと思います。
古代の人の習俗として旅の無事を祈るのに、沿道の草や木の枝を結んでお呪いとしていたようです。
おそらくは、旅の往還の往路だけにした、ほんのささやかな祈りの気持ちだったのでしょう。
それは、万葉集141のこんな歌に強く表されています。

磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸(さき)くあらば また還り見む


旅は行くだけでは終わりません。
帰ってきて初めて旅が終わるわけです。
だからそこに、帰りの行程で必ず無事にこの草を結んだ印が見られますように、という願いをしたのでしょう。

この歌は、9の歌に引き続いて斉明女帝の牟婁行幸に帯同した中皇命(なかつすめらみこと)の作とされています。
中皇命という個人がいたわけではありません。
天皇と神の間に立って、天意を享(う)けてこれを天皇に伝える人をそう呼びました。
多くは天皇の血縁の近しい女性が宛てられましたが、天皇専属の巫女と言えば近い表現になるかも知れません。
旅の無事を祈るという行為は、それだけ重要だったのでしょうね。


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セレーネのためいき

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