| 2005年08月12日(金) |
hospital blue |
入院23日目。 ついに迎えてしまった大腸の検査日。朝先生と会ったときに「やっぱり嫌です!」と言いたかったよ。・・・って、言葉にしなかっただけで、顔には出ていたかもしれないけど(--;)。 朝10時過ぎに、看護師さんが大きなボトルみたいなのを持ってきた。下剤だって。うわぁ、こんなにあるのぉ!?と思わず振ってみた(?)。シャカシャカじゃなくて、ドッポンという音だよ。この前同室の人が飲んでたのを見ていたけど、自分の目の前に置かれるとびびっちゃうね。 ボトルにメモリが書かれていて、真ん中のメモリを指して「ここまでを1時間で飲んで」と言われた。え、そんな時間まで決まってるのぉ? そして、言われたとおりにゆっくり飲み始めた。警戒していたほどはまずくないけど、おいしくもない。ポカリスエットとステビアを足して割ったような味(そして、それがぬるくなってる)。 11時過ぎ、わたしのいる病室に他の患者さんがお引越し(?)してきた。お盆が明けてから入院する人が増えるから部屋割りを整理してるんだって。こんな下剤バトル中に来られるのって、ちょっと落ち着かないんだけどなぁ・・・・(T-T)。 12時過ぎ、同室の人はランチタイム。わたしは、変わらず下剤バトル中〜。下血していた頃よりは楽だけど、急激にくる腹痛ってやっぱり辛い。10分くらいの間に2度トイレに駆け込むなんてことがあった。 同室の人の食事を下げに来た看護師さんに対して、その患者さんがクレームを言っていた。(その人の)食事中なのにトイレに駆け込むわたしに対して、どうにかしてって。・・・・え?と固まったよ、わたし。だって、仕方ないじゃない。それとも12時までには全てを完了していろってことなの?唖然としているわたしに気付かないのか、看護師さんは軽く「そうですね〜」とかわし部屋から出て行った。この気まずい空気、どうしたらいいの? それからは、できるだけ病室の外のトイレに行くようにした。病室にいるときには、自分のまわりのカーテンを閉め切って、余計なことが聞こえないようにMDを聴きまくった。悔しくて泣きたい!というテンションなのに、MDで最初に流れてきた曲が嘉門達夫の“鼻から牛乳”だなんてね(^^;)。このMDは、友だちが有線から録ってくれた1990年代JPOPだったよ。なんか力が抜けて、とりあえずプチ復活。 検査は15時の予定だったけど、時間が来ても呼ばれずにいて、この待機時間が本当に辛い。そして、少し遅れてさっきのクレームを聞いた看護師さんが迎えに来てくれた。あ、今日は一緒に行ってくれるんだと思うと、少し嬉しくなった。 エレベーターを二人で待っているとき、看護師さんに「さっきごめんね。あの人の言うことはあんまり気にしなくていいから」と言われたよ。なんだ、わたしの視線に気がついていたのかぁ。あの患者さん、入院期間が長引いてるためかどんどんわがままになってて、看護師さんたちも少し困っているらしいと聞いた。そうなんですね〜と相槌を打ちつつ、少し考えさせられちゃった。いくらわがままでも、その人を否定するようなことは言えないのねって。だって、あの場では「そんなこと言っちゃだめ」なんて言わずに適当に流していたもの。改めて、病院で働く人の大変さを感じてしまった。短気なわたしには勤まらないだろうなぁ。 いざ検査室に行ったら、「外来の人が入っちゃったからまだ呼べないの。もうちょっと待ってて」と言われてしまった。ということで、置いてあった雑誌を眺めて待っていた。でもさ〜、この雑誌1ヶ月くらい前のものだよ(^^;)。暇な入院生活で雑誌はさんざん読んでいたから、半分くらいはすでに目を通していたものだったなぁ。それと、ラジカセが置いてあって、女子十二楽坊のCDが流れていた。これはどういう意味?リラクゼーション? やっと呼ばれたのは、たぶん16時半くらい。食事なしだから時間が長く感じているうえ、下剤&クレームでもう疲れまくっているのに、この後に検査かぁ・・・と憂鬱モード。しかも、やっぱりこの検査前の空気が怖い。昨日も思ったけど、狭い部屋で機械の音がして、自分が寝かされて人に囲まれて「これから何かされる!?」という不安を最高潮にしてくれるんだもの。そんでもって、痛い(かも)という恐怖があるんだから! で、今回も軽く抵抗してしまった。そしたら、先生から逃げないでと怒られた(--;)。今まで誰も逃げたことないのかなぁ?これ、嫌がるのってわしだけなの? 検査自体は、最初のときより長かったけど、なんとか終わってくれた。めちゃくちゃ痛い!ということはなかったけど、もうとにかく怖くて・・・・。ああ、二度と!二度と!!やりたくないよぉぉぉっ!!!!! なんか理由はよく判らなかったけど、ひとりじゃ病室戻れないだろうということで車椅子のお迎えが来てしまった(^^;)。うわぁ、わたしって病人みたい(病人だろっ!と突っ込まれそう)。 病室に戻ってからは、ずっと起き上がれなくなった。お腹痛いし、1日の色んなことへ気疲れしてるのもあるし、この後の自分の運命(?)も心配になってきたし・・・・。いつ退院できるんだろうとか、あのいぢわるばあさんと同じ部屋で寝たくないとか、あんな検査をまた体験しなきゃいけないのかなぁ?とか、怖い薬飲んでることが不安とか、もう先生には会いたくないとか、家帰って色んなことやるのは嫌だとか、家族や友だちに心配されている自分が惨めだとか、あんな仕事には絶対戻りたくないとか、会社の人誰も会いたくないとか、一生このまま面倒看て欲しいとか、もう生きていたくないよとか、とかとかとか・・・・。この時間は、かなりヤバイ精神状態に陥っていた。途中で先生がやってきて「どこが痛い?」と訊かれたけど、まともに答えられていなかった。それどころか、色んな説明をされたっぽいけどまったく耳に入らず「わからない!」とひと蹴りしてしまったの。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 今まで生きてきた中で、こんなに理性がなくなったのは初めてでした(子どもの頃はあったかもだけど)。どうしてこんな状態になったのか、直接の原因は判りません。実は、この日記も少し日を置いてから書いています。あの日のわたしには、日記を書くどころか、自分の気持ちを確認すること自体できなかったもの。心をも壊してしまう“病気”って存在は、本当に怖いと身をもって体験した瞬間でした。そして、“病院”という所は、そんな思いを増殖させる空気があるとも感じました。身体の病でここにいるのに、気がついたら心が病んでいて・・・・。いつか、また長い期間の入院を体験したとき、同じ状態に自分が陥るのかもしれないなぁと思いました。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ちゃんと聞けていなかったけど、先生から言われた言葉の中で「日常生活に戻る」「明日から体動かしておいて」というのだけは覚えていた。体力なくなっているし、元の生活に戻るためには体力も戻さなきゃいけないってことだよね。でも、その言葉が重過ぎて、余計気持ちが沈んでいった。日常生活に戻りたくないって。戻れるわけないじゃない、今までと違う身体になってしまたんだもの!と心で毒吐きつつ、なかなか眠れない夜を過ごしたのだった。
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