日々の泡

2011年06月19日(日) できれば翻訳は…

  幻の女  
著者   ウィリアム・アイリッシュ著 稲葉 明雄訳   早川書房
妻と喧嘩して家を飛び出した主人公は妻と行く予定だったミュージカルと食事へバーで出会った風変わりな帽子をかぶった行きずりの女と行くことに決めた。女と別れて部屋へ帰った男を迎えたのは見知らぬ刑事と妻の遺体だった…
 敗戦後間もない日本の古本屋で江戸川乱歩が他人のものを横取りしてまで手に入れたかったという古典ミステリーの傑作です。
デジタル時代の潮流にまんま流されているわたしにとっては「息もつかせぬ手に汗握るミステリー…」とまでは行かず、読後感はどちらかというとフィッツジェラルドやチャンドラーの小説を楽しむ気持に似ていたかもしれません。
そんな読後感と共に、自分自身がいかにシリアルキラーを最先端の科学技術で追いつめていくようなミステリーばかりを読んでいたのかを実感しました。
ディテールは細かく描写されていて50年代のニューヨークのエレガントな一面と装いを剥がされた人々の心の孤独が描かれています。
事件の現場となってしまった夫婦の寝室 ブルーとシルバーで統一され美しく設えられたベッドルームは彼らの優雅な生活を表すと同時にその色彩は夫婦の関係が温かなものではなかったことを表していました。
 
 著者の他の短編を田中小実昌さんの翻訳で読みましたが、そちらの訳のほうがわたしにはしっくり来る感じです。
そして、欲を言えば村上春樹訳でアイリッシュ短編集を出していただければ…と思うわけなのです。


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茉莉夏 [MAIL]