歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2009年06月24日(水) 健康であることは考えもの?

先日、地元歯科医師会が行っている休日診療所で出務した時のことでした。ある患者さんが歯が痛いということで来院しました。年齢は40過ぎぐらい。その患者さん、見るからにそわそわと落ち着きの無い状態で明らかに緊張していました。誰しも歯医者に来るのは緊張するものですが、それにしても過度に緊張しているのではないか?と思わせるような素振りを見せていたのです。大きな大人にしては変だなあと感じたくらいでした。

実際にその患者さんの口の中を見ていると、一本の歯に穴が空いていました。むし歯だったわけです。このむし歯が原因の歯痛だったのですが、問題があったのはこの一本の歯だけで他の歯は問題がありませんでした。問題がないだけではなく、全く治療の痕が無かったのです。問診の際、僕は尋ねてみました。

「今まで歯医者にかかったことはありますか?」
「実は、今回生まれて初めて歯医者にかかっているもので・・・・。」

過度の緊張の理由はここにありました。この方、歯が健康で生まれてから40年以上歯医者にかかったことがなかったのです。ところが、ある時、歯に穴が空いていたことに気がついたそうですが、これがむし歯であるとは思わず放置していたところ、歯痛を感じたそうです。最初は自然に治るかと思っていたそうですが、痛みは酷くなるばかり。一念発起して生まれて初めて歯医者を訪れたとのこと。

僕は歯の状態を説明し、麻酔をして神経を処置しないと痛みが治まらない。それくらいむし歯が深く進行していることを説明しました。その患者さん、痛みを取り除いて欲しいということで問題の歯の治療をすることを同意してくれたのですが、問題は治療をする時でした。
いざ口を開けてもらったのですが、顔はこわばり、頬は緊張して強張っていました。力を抜くように言いましたが、本人はわかっているつもりでも全く変わらず。そのピークは麻酔注射をした時でした。麻酔注射液を入れた際、本人は思わず大きな声で

「オ〜!」

生まれて初めての麻酔だったようで、その痛さに思わず叫んでしまわれたようです。目から涙が溢れ出て、麻酔が終わった頃には放心状態になられていました。
歯を削る際、“キーン”という高音を発するタービンの音にもビクビクされていたのですが、麻酔が効き痛みを感じなかったせいか、徐々に落ち着かれ、治療が終了する頃には少しは緊張が取れていたみたいでした。

治療終了後、この患者さんには治療後の注意事項とその後の治療を他の歯科医院で診てもらうことを指導しました。何せ休日診療所は応急診療しか行っていませんので、応急処置後の処置は他の歯科医院で行ってもらうことを前提としているものですから。

以前、歯医者仲間とむし歯が無くなったらどうなるのだろうか?という話をしたことがあります。歯医者としてはむし歯が無くなることは理想である反面、飯を食っていけなくなるんじゃないかという話をしていました。この話の中である先生がこんなことを言っていました。

「むし歯がほとんどなくなった北欧の某国では新たな問題が出てきたんだよ。それはむし歯を知らない若者が増えてきたんだね。以前であればむし歯といえば誰でも歯に穴が空いた状態であり、放置しておくと痛みが出てくることは容易に想像できたのだけど、むし歯という病気が少なくなると、歯に穴が空いてもむし歯という自覚がなく、そのまま放置してしまう若者が増えてきているらしい。これが新たな社会問題になりつつあるのが現状らしいよ。」

「病気に罹らず健康であることは誰しも願うことだけども、いざ健康になってしまうと病気のことを考えなくなってしまうかもしれないね。病気というリスクというのは健康を維持するための適度な緊張として無くてはならないものかもしれないと思うようになってきたよ。病気の無い健康な体を持つことは理想だけども、いざ健康になったとしても病気に対する備えや知識は常に持ち意識することは大切だと思うよ。そういった意味で、歯医者はいつまでも必要とされる職業になるのではないかと思うのだけど。ただ、今の日本では歯医者の数は過剰だけどもね。」


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