2007年06月25日(月) |
歯科技工士を守ろう! |
うちの歯科医院には毎日、ある人が来院します。その人無くしてうちの歯科医院は成り立たないくらい大切な人です。その人とは某歯科技工所の歯科技工士です。
歯科医院では、多くの患者さんの治療の一環として、詰め物、被せ歯、差し歯、入れ歯を装着します。これら詰め物、被せ歯、差し歯、入れ歯のことを総称して補綴物(ほてつぶつ)と言うのですが、これら補綴物を製作するのが歯科技工士です。 歯科医院で補綴物を作ると言いますが、実際に歯医者が行うのは補綴物を作るための設計であり、歯を削ったりすることであり、歯型を取り、石膏模型を作るまでです。歯型をもとに作った石膏模型から補綴物を作ってくれるのが歯科技工士です。歯科技工士についての仕事については、以前こちらにも書きましたし、こちらの番組でも実際の仕事ぶりが放映されたのですが、歯科医院にとってまさしく縁の下の力持ち的な仕事なのです。
さて、最近、歯科技工士の仕事が危機に瀕しているとして、このようなニュースが流れていました。
全国の歯科技工士80人が中国など海外で安く作られた入れ歯の輸入を厚生労働省が認めているのは問題だとして、国を相手に訴訟を起したというのです。
歯科技工士に関しては、歯科技工士法という法律があるのですが、歯科医院で患者さんに装着する補綴物を作ることができるのは歯医者と国の免許を得た歯科技工士と定められています。ところが、昨今、保険診療報酬の引き下げにより、歯科医院の経営が厳しくなっています。影響は歯科医院だけでなく、歯科医院の下請け的な仕事である歯科技工士にも皺寄せがきているのです。歯科医院の経営者でもある歯医者は、歯科技工所や歯科技工士に対し、補綴物の作製費の値引きを求めてくることが多くなってきたのです。そのため、歯科技工所の中には人件費の安い海外に業務を委託し、補綴物の製作を依頼するところが多くなってきているというのです。また、海外で補綴物を作製することを仲介する斡旋業者も出てきた結果、多くの歯科技工所の経営が苦しくなり、倒産したり、廃業せざるをえない状況なのです。 今回訴訟を起した歯科技工士の人たちは、
「海外なら無資格者が作ってもよいのか」 「粗悪品や有害物質を検査しなくてよいのか」 と厚生労働省に実態調査や規制を求めてきたのですが、厚生労働省は2005年(平成17年)9月、各都道府県に対し、
「歯科医が患者に十分、情報を提供し、同意を得ればよい」 と歯科保健課長通達を出したのです。すなわち、海外で補綴物の作製を容認したのです。
昨年4月の診療報酬マイナス改正の影響を受け、ほとんどの歯科医院は経営が苦しくなっているのは事実です。歯医者というと裕福なイメージが依然として世間ではあるようですが、実際のところは、ほとんどの開業歯科医は多くの借入金を抱えているなか、何とかやりくりしながら歯科治療を行っているのが現状です。そうなると、少しでも経費削減に努力しないといけないのですが、その際、経費削減のために補綴物を作製する歯科技工所に更なるコスト削減を求めざるをえない状況があります。歯科医院の下請け的な位置づけのある歯科技工所は、これまで以上に厳しい経営を迫られ、多くの歯科技工所がつぶれていっているのが現状です。そして、地域によっては歯科医院が補綴物をお願いする歯科技工所の少なくなり、むしろ歯科技工所の方で歯科医院を選択するような事態になっている所も出てきています。
ただ、歯科技工士の仕事を考えると、歯科技工士の存在は歯科医院にとって何ものにも代えがたい、貴重な存在であるはずです。
うちの歯科医院は、極めて零細、弱小な歯科医院の一つですが、補綴物の作製に関しては懇意にしている歯科技工所にお願いしています。既に20数年近い付き合いであるわけですが、父親曰く
「○○さん(うちの歯科医院が世話になっている歯科技工所のこと)は普通の業者との付き合いとは全然違うからね。一種の親戚付き合いに近いものがある。」
いつもある時間帯にうちの歯科医院に来てもらっている歯科技工所の担当者には、補綴物の製作依頼時、模型や設計だけでは伝えにくい、細かいニュアンス、注意事項を伝えています。
患者さんの口の中というもの、全く同じ口の中の人はいません。一本、一本の歯の大きさ、形、歯並び、かみ合わせは微妙に異なるものです。年齢や性差、生活習慣、人種によっても違います。そんな千差万別な患者さんの口の中にセットする補綴物を作製するには、様々な情報を歯科技工士に伝えなくてはなりません。うちの歯科医院では、時には歯科技工所の担当者に直接患者さんを見てもらい、どうしても言葉では伝えにくい情報を歯科技工所の担当者に伝えることもしばしばです。何も言わなければ間違いやすい、誤解しやすいところを担当者に直接伝えるメリットは計り知れないところがあります。
近くに信頼できる歯科技工士がいることは、非常に心強いことであり、結果的に患者さんにとっても非常にメリットになるのです。 ところが、コスト削減だけを考え、安い人件費で済む海外に補綴物を作ることを依頼するということは。こうした歯医者と歯科技工士との繋がりを分断してしまうことを意味します。目先のことを考えれば、少しでも経費を削減できれば、歯科医院の経営にはプラスになるように思いますが、経費以上に人的財産としての歯科技工士の存在を失うことになりかねません。
このことを考えると、歯医者は歯科技工士を守らなければならない立場であるはずです。また、厚生労働省をはじめとした国もこの現状を把握しなくてはいけないはず。 ところが、厚生労働省では、
「歯科医が患者に十分、情報を提供し、同意を得ればよい」 と歯科保健課長通達を出し、海外で補綴物の製作を容認したのです。
昨今、介護保険に関する問題が大きく取沙汰されていますが、その背景には、介護という極めて厳しい労働条件にも関わらず、その労働に見合った介護報酬が充分で無く、法律を犯してまで無理をしなければ介護ビジネスが成り立たないということがあります。介護の現場で働く人たちに対し、正当な評価がなされていないのです。今後の少子高齢化時代を考えれば、介護の現場で働く人たちには、もっと手厚い評価がなされるべきなのですが、厚生労働省をはじめとした国は、医療費、介護費の抑制ばかりしか考えていません。どうも国は、机の上で考えることは得意なようですが、実際の現場で汗をかき、そのことを政策に反映させることは苦手なようです。
歯科技工士の仕事も同じです。これまでもぎりぎりの経営を強いられている歯科技工所、歯科技工士の首を更に締め付けるような海外への補綴物への委託行為、そして、このことを容認した厚生労働省の通達は、如何なものでしょう。 国民の健康を維持していくためにはかかりつけ医、かかりつけ歯科医の存在が不可欠だと思うのですが、かかりつけ歯科医にはかかりつけ歯科技工士の存在は一心同体といっても過言ではありません。厚生労働省の通達は、こうした歯医者と歯科技工士とのつながりを意図的に分断させ、歯科技工士の生活の糧を奪うような行為に思えてなりません。
海外への補綴物製作依頼は慎むべきではないかと僕は考えます。
|