先週の日曜日のことでした。僕はある用事で診療所で仕事をしていたのですが、昼前に診療所のインターフォンが突然鳴りました。うちの診療所は休診日は玄関のドアのみならずシャッターも閉めているもので、誰かが尋ねてくれば玄関先にあるインターフォンのボタンを押すことが多いのです。僕はインターフォンの受話器を上げ誰が尋ねてきたか確かめてみると、男性の声で
「K地区に住んでいますEです」
という返事がありました。Eという名前とその声から直ぐに僕は思い出しました。Eさんは僕が長年担当している患者さんだったのです。Eさんは歯の健康に関心を持ち続けている患者さんで、毎年2回はうちの診療所に定期検診来院する熱心な患者さんだったのです。しかも、Eさんは自分自身だけではなく、奥さんやお子さんもうちの診療所の患者として家族でうちの診療所をかかりつけ歯医者として利用してもらっている患者さんでした。
”Eさんが休日の日曜日に改まって挨拶に来るとは一体何事なのだろう?”
”挨拶というぐらいだから診療に来たというわけではないののだろうか?”
そんな思いを持ちながら診療所のシャッターを上げてみると、そこにはEさんと奥さんの二人が立っていました。Eさんの手には何か挨拶状のような封筒と風呂敷に包まれた何かを持っておられていました。
Eさん曰く
「先生、せっかくのお休みのところ申し訳ありません。今日こちらへ伺ったのは治療のことではありません。実は、私の娘がこの度T歌劇団に入団し、S組みに配属になりました。その娘が先日初舞台を踏んだ次第なんです。」
僕は思い出しました。Eさんには長女であるお嬢さんと長男である弟の二人のお子さんがいました。二人とも幼少の頃からうちの診療所の患者さんで定期的に診ていたのですが、お嬢さんの方はここ数年うちの診療所に姿を見せてはいませんでした。以前、そのことをEさんに尋ねたことがあったのですが、その際、Eさんの口からお嬢さんがT音楽学校に入学し、寮生活を過ごしていることを聞いていたのです。入学者が日本全国から殺到し、競争率が高いことで有名なT音楽学校。T音楽学校に入学したということは将来はT歌劇団に入団し、舞台に上がることはほぼ間違いありませんでした。お嬢さんのことを話すEさんの表情からは喜びと不安の表情が垣間見えたものです。そんなEさんのお嬢さんがこの度無事にT歌劇団に入団し、S組みに配属されたというのです。
「まだまだ未熟者ですからこれからだと思いますが、娘が幼い頃から世話になっていた先生には是非お伝えしたいと思い、早速伺った次第です。」
僕はEさんやEさんの奥さんにお祝いの言葉を伝え、Eさんが手に持っていた封筒と風呂敷の中身を受け取ったのですが、封筒の中にはEさんのお嬢さんの舞台衣装を着た写真が写っていました。
”これがあのお嬢さんなのか?しばらく見ないうちに大きく、美しく育ったものだなあ?それにしても、お母さんによく似ている!”
Eさんのお嬢さんの舞台衣装写真を見ながら、Eさんのお嬢さんの幼少の頃を思い出す歯医者そうさん。光陰矢のごとしといいますが、時間の経つのは本当に早いものです。それだけ僕も年を重ねたということにもなります。認めたくなくても認めざるを得ないのが時間の経過だということを改めて感じました。それにしても、自分の患者の一人からT歌劇団に入った人が出たというのは、うれしくもあり光栄なことでもあります。僕自身、T歌劇団には興味がなかったのですが、こうなると無関心であり続けるわけにはいけなくなったかもしれません。T歌劇団のS組公演がある時には見に行かないといけないなあ!
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