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休日出勤はこの会社に入って初めてのことだった。静まりかえっただだっ広いフロアにボスと3人だけ。エアコンも全く機能していないのではないかというくらい寒い日だった。
3時前にオフィスを後にして、いつもはバスで通る道をとぼとぼとひとり歩いていた。平日は車の騒音がひどいが、休日はがらりと静まりかえっていた。ふと道路脇の枯木の山の中から猫が鳴くような声が聞こえた。近寄ってみるが何も見えない。背を向けて歩き出す。また鳴く。振り返って目を凝らす。鳴き止む。背を向けて歩き出す。また鳴く。そんなことを何度も繰り返してから枯木の隙間に小さな小さな子猫が顔を出しているのが見えた。咄嗟に"おいでよ"と手を出した。おなかが空いたと訴えているに違いなかった。でも、怖がりな子猫は人間に近寄るのを怖がった。しばらくしゃがんで見ていると姿は現さないがもう一匹の子猫が中にいるようだった。雨も降らない虫もいない真冬に産み落とされた推定生後一ヶ月の子猫が2匹。運よく越冬できれば、春にはなんとか自分で虫や鳥を狩って暮らすようになるだろう。しかしこのよちよち歩きの子猫達は冬の間に飢えて死んでしまう可能性のほうが高いだろう。
食べ物は持っていなかったからそのまま家路についた。歩きながら考えた。生きるも死ぬもそれが自然の厳しさだと言う人もいるだろう。しかし自然とはなんだろう。ケニヤのサバンナの動物達の弱肉強食の生存争いに触れるつもりはない。しかし、この猫達は一方的に身勝手な人間の犠牲になっただけの罪のない命だった。
家に戻り、クロエの餌と水を持ってまたそこへ戻った。途中でもう1年も会社の周りを歩き回っている野良犬がふらりとどこかから現れて、猫の餌を半分分けてしまった。人懐っこく、聞き分けが良く、品の良い野良犬だ。誰かに飼われたことがあるに違いなかった。
枯木の隙間にそっと餌と水を置いて、恐る恐る子猫達が顔を突っ込んで水を舐め始めるのを見届けて再び家路についた。
ほんの一粒二粒の餌で繋ぎ止められる小さな命はその小さな体を精一杯ぶるぶると震わせて必死に生きようとしていた。日頃食べ物の味を語り優劣などつけながら食事していることが恥ずかしく愚かなことに思えてくる。その姿に力強い音楽に出会った時のような感動をもらった。
小さいことが幸い、ネットに書き込みをしたら沢山の方から飼いたいとメールをいただいた。普通にいけばこの先10数年の彼らの運命がかかっている。良い人とめぐりあえればいいな。