My life as a cat
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2008年03月12日(水) 曇天

夕方の駅構内のカフェで、前の席に二人の中学生の男の子がやってきた。坊主頭でベーコンのはみ出した大きなバーガーと山盛りチップス、コンビニの袋の中には少年マガジン。前を向くだけで視界に入るので眺めていると、二人の手の動きが妙に忙しいと思い、そのうちそれが手話だと気付いた。楽しそうだった。声を出して喋っている人々よりもよほど賑やかな雰囲気。いつから聞こえないのか、もしかしたら"聞こえる"という感覚を知らないかもしれない。子供というのはどんな苦境に遭ってもちょっと時間が経つと全て忘れてしまったように笑ったりするからいじらしい。先週はただただ落ち込んでいたマーヴが今週になってまたケラケラと笑ったりするようになり、それは逆にわたしを打ちのめした。わたしは政治の不安定な国の人々が一様にする社会の規律で何かを諦める時の暗く哀しい表情を知っている。だから彼がどんな顔で色んなことを諦めたのか想像できた。勤勉なインテリである彼のお兄ちゃんすら、わたしがパースに戻った時、よく戻ってこられたね、僕達は無理だよ、と言った時もあの表情を浮かべていた。日本人として生まれ育って無能なままその上にあぐらをかいて生きてきたことを指摘されたようでたまらなく疚しい気がした。どんなにしても生まれる場所や境遇は選ぶことができない。ふと永井荷風の言葉を思い出す。
「光栄ある、ナポレオンの帝政が、今日までもつづいていたなら、自分はかくまで烈しく、フランスを愛し得たであろうか。壮麗なるコンコルトの眺めよ。それは敗戦の黒幕に蔽われ、手向けの花束にかざられたストラスブルグの石像あるがために、一層偉大に、一層優婉になったではないか・・・・・」
どうにもならないことを嘆いても前進できない。敗北と痛みが人生を美しく導きますように。


Michelina |MAIL