姉妹の記憶 April,9 2045 22:30 クルツリンガー邸 家族4人で映っている写真を抱いたまま座り込んだアンジェラの肩口をそっと撫でるトッティ。 ブラッドはアンジェラの肩口まで伸びた白銀の髪に触れると、嗚咽を堪えようと微かにアンジェラが震えているのがわかった。 トッティもブラッドも言葉を無くしている。 まもなく、階段を登ってくるクルツリンガーの足音が少しずつ近づいてきた。 開いたままのドアのところに父親が立つと、アンジェラが泣きながら叫んだ。 「パパは・・・パパは、何もかも知っていたの?」 クルツリンガーは、無言のままアンジェラを見つめ、やがて静かに首を横に振った。 重たい沈黙の時が部屋にしばらく流れる。 まもなく、クルツリンガーは重い口を開き、アンジェラとトッティに2階奥の書斎に来るように告げ、 ブラッドには、その写真を持たせ、ヴァレンの傍にいるように頼んだ。 3人が部屋から出ると、ブラッドはヴァレンの眠るベッドの手前に座り、片肘をついてヴァレンを見つめた。 「なんだか、凄い展開になったよ、アンジェラのお姉さんがヴァレンティーネ様だったなんて・・・」 ブラッドはヴァレンの微笑む横顔を見つめ続けながら、ヴァレンの長い髪に手を伸ばし触れた。 眠ったままのヴァレンがブラッドのその手を握り締めた。 ブラッドは目を細め何かを語りかけようとしたが、すぐに睡魔に抱かれるように、その場で眠りに堕ちた。 23:30 書斎ではクルツリンガーがアンジェラに、15年前からの出来事を全て伝えた。 来客用のソファーに深く身を沈めたアンジェラを心配そうにトッティが見つめている。 「ということは、パパ。ヴァレンは9歳以前の…私達家族との記憶が無いっていうこと?」 「うむ、正確には、記憶が無いということではなく、強いショックによって過去を封印しているようなのだ」 8歳の時に母親と家を出て、翌年、とある事件の後、病院のベッドの上で目覚めたヴァレンを、 メディアを通じて知ったクルツリンガーは、精神分析の担当医師として名乗りを上げた。 しかし、その時点で既に、ヴァレンがクルツリンガーを父親として認識できなかったことを告げた。 「ねえ、トッティ・・・ヴァレンと教会で出会ったのは幾つの時なの?」 「う〜ん、随分と昔の話しだから、8歳だったか9歳だったかは覚えていないんだけど・・・ただ」 「ただ?」 「うん、アタシの記憶に間違いが無ければ、ヴァレンはパパのことがダイスキで、ママのことは大嫌いって よく話をしていたわ」 「うん、それで?」 「でもね、太ったママがよくアタシを殴るの、と話していたけど、先ほどの写真を見る限り、 ママはとても美しい方だったでしょ? おそらく、写真の女性ではなく、違う家族の記憶だと思うわ。 パパの話もクルツリンガー先生の印象とは随分と違うから・・・」 時計の針が12時近くになったところで、アンジェラが欠伸をした。 「もうこんな時間ね、アンジェラ、今度の日曜日に教会に連れて行ってあげるから、今日は休みなさい」 と、トッティが提案をした。 「うん、そうね、ヴァレンのことがわかっただけでも、私は幸せよ、ありがとうトッティ」 「うんうん、よかったわ、アンジェラや先生のような方が、ヴァレンの家族だったなんて」 「それでは、君達は先に休み給え、私はアンから預かった本に目を通しておくことにするよ」 「うん、パパも無理しないで早めに休んでね」 「ありがとう、アン、おやすみ」 アンジェラが、父親の頬におやすみのキスをして、書斎を出ようとした。 「あ、私、今夜はヴァレンの隣で眠ることにするわ、いいでしょ?パパ」 クルツリンガーは本を持ち、静かに頷いた。 「トッティ、シャワーの用意をするわ、遅くなってごめんね」 「いいのよ、アンジェラ、気にしないで」 2人は廊下を歩き、ヴァレンの眠る部屋に向かうと、部屋の明かりが消えていた。 「あれ?電気が消えているわ」 アンジェラが壁越しに手探りで明かりをつけ部屋に入った。 ベッドの横でブラッドがうつ伏すように眠っている。 そして、ベッドで眠っているはずのヴァレンの姿が消えていた。 |