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クルツリンガー精神科
April,9 2045

13:00 クルツリンガー精神科(Kurz Ringer Psychiatrie)

「先生、マイナートランキライザーを3年前の量に増やしていただけませんか?」
「ん? どうしたんです?ファンデンブルグさん」
「ここ数日、またあの夢を見るようになって・・・」

ヴァレンが、目の前の精神科医クルツリンガーに処方を受けるようになって15年。
10歳になる数ケ月前に事件に巻き込まれて以来、カウンセリングを受け続けている。


15年前の夏 とある嵐の夜。
落雷により突然、街中の電気が消えた。
ぬいぐるみを抱いて眠っていた9歳になる少女は激しい落雷の音に目を覚ました。
暗闇に包まれ、布団の中に潜り込み震えていると、部屋の戸が開く音が微かにした。
怖くてドアの方を振り返ることも出来ず、入り口側の布団が捲られた。
少女はぬいぐるみを抱いたまま固くまぶたを閉じ、眠ったふりをした。
夜遅くに起きていると母親から折檻されるという恐怖心が、少女を本能的にそうさせた。
そっと、抱いていたぬいぐるみを奪われ、パジャマと体の間に滑り込んでくる生暖かい手の感触。
気持ち悪さと怖さとで身動きすることも声を出すことも出来ずにいた。
締め切った窓の外では稲光が激しく泣き叫んでいる。
時折、閉じているはずのまぶたが黒から一瞬だけ真っ白に変わり、そしてまたすぐに闇に戻る。
次の瞬間、震え続けていた少女の耳に届いたのは、絶叫しながら近づいてくる母の大きな声と足音。
何かを突き立てるような音が数回と男のうめき声が同時に何度も聞こえてきて、
少女の体の上にとても重たい肉体が落ちてきた。
そして顔には生暖かいドレッシングのような液体が降り注いだ。
少女はそこで意識を失った。
それから数日後、少女は病院のベッドの上で目を覚ました時には、両親は事故で亡くなったと知らされた。



医師は分厚いカルテを捲りながら、発症履歴を指で辿りヴァレンに尋ねた。

「朝は快適に目覚めていますか?」
「はい」

「急に眠気に襲われることは?」
「ここ3年はありません」

医師はカルテにペンを走らせながら、短い質問を続けた。

「ふらついたり、言葉がうまく発せられないことは?」
「いいえ、大丈夫です」

「副作用は大丈夫なようですね・・・」
「はい」

「今回、また例の夢を見るきっかけになるような出来事はありましたか?」
「ええ、・・・最近、誰かに監視されているような気持ちになることが多くて・・・」

「相手が誰かは?」
「いいえ、心当たりはあるのですが、はっきりとは・・・」

「接触はないのですね?」
「はい・・・」

「例の事件以来・・・ご両親を亡くされてから、お一人だと聞いてますが、今も?」
「はい、ただ、昨日から生徒が2人一緒に研究所で寝泊りするようになりまして・・・」

ヴァレンは医師に、ここ数日の経緯を細かく説明した。
医師は微笑みながら、カウンセリングを続けた。

「それは、いいことかもしれませんね。それに娘のアンジェラもたいそう喜んでましたよ」
「ありがとうございます。大事な娘さんをお預りしております・・・」

「それは、お気になさらずに、ああ見えても気丈な娘ですから、どうぞお頼りなさい」
「はい」

ヴァレンは医師との会話を続けるうちに、蒼白な顔に色彩を取り戻しつつあった。

「身の回りの警護は、ご友人のトッティ君のお仲間に任せておけばいいでしょう」
「はい」

「薬は明日からの分を処方しておきますが、今夜は、アンジェラと会話してみてください」
「はい」

「私は西洋医学だけでなく、占星術もやっていてね、ファンデンブルグさんには明るい未来が見えますよ」

ヴァレンは、医師が占星術をやっていることを、長年通院していて、初めて聞き、驚いた表情をした。

「もっとも、娘には、その道では食えないから止めておけと言われてるんですがね」
「あはは、面白い娘さんですね」

「それは、さておき、その蒼白いピアスは良くお似合いですよ」
「ありがとうございます」

「それでは、神のご加護を」

医師は、ペンを卓上のペン立てに戻すと、慈しむような瞳で白い髭を撫でるように十字架を切った。

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