敵とのニアミス April,8 2045 19:30 トッティの店 「おかわり〜」 「私も〜」 カウンターの上にふたつのジョッキを置く固い音が、続けざまに2度『ゴツッゴツッ』と鳴った。 呆れた顔のトッティがジョッキを両手に持ったまま、両肩を軽く上げ下げした後、ヴァレンに微笑んだ。 「よく飲むわね〜あんた達」 額に右手を当てたままヴァレンが左側に座っているアンジェラの赤い顔を見て笑う。 「ヴァレンティーネ様の隣で飲めるなんて、オイラ幸せ者でげす」 「わたひも〜」 トッティが、ヴァレンの両側にひとつずつ、ジョッキを置くと、 ブラッドとアンジェラは片手に持ったジョッキをヴァレンの目の前のグラスにぶつける。 「ヴァレンティーネ様は、不束者(ふつつかもの)ですが・・・」 「は?」 額に当てていた右手をそのまま白銀の髪をかきあげるようにして、ブラッドを振り返ったヴァレン。 「ふつつか・・・じゃなくて、つかぬことをお聞きしますが・・・」 「はいはい・・・なんでしょう」 「ヴァレンティーネ様は、彼女は、いるん・・・彼氏はいるんですか?」 「あはは、そりゃ、沢山いるわよ。彼氏も彼女も・・・」 「え〜、まじっすか」 「そんなに沢山いるんだったら、私が紛れ込んでもいいわね」 突然、アンジェラが右手を高く挙げ、名乗り出た。 「うふふ、相変わらず、モテモテなのね」 グラスを磨きながら、トッティが苦笑いする。 「ひょっとして、クネクネトッティも彼氏の一員?」 「あはは、トッティはね、アタシを振った唯一の男よ」 「まじっすか〜 トッティ。恐るべし」 「ほら、だって私、男にしか興味がないし・・・」 「あはは」 「それに、ヴァレンの男だなんて名乗ったら、命を狙われておちおち眠れやしないわ」 トッティが、グラスを持つ手をブルブルと振るわせるポーズをとり、皆の笑いを誘った。 「ヴァレンって凄い」 「僕はヴァレンティーネ様の為ならこの命捧げますよ」 感心するアンジェラと勘違いなブラッドのそれぞれの頭を交互に撫でるヴァレンが提案をした。 「そんなに2人が情熱的なら、今夜から、同じ屋根の下で暮らしましょう」 「きゃ〜素敵」 「まじっすか〜」 「ええ、研究室で缶詰。・・・でよければね」 「よかったわね〜2人とも、電柱の隅の人影に注意するのよ。 あと、高い建物から物が降ってこないように祈っとくわ」 トッティが悪戯っぽく真顔でおどけた。 「私、化粧室に行って来る」 「なんだよ、アンジェラ、足元フラフラじゃないか」 「ブラッド、そこまで連れて行ってあげて」 2人が席を立って歩き出すのを見送ると、ヴァレンはグラスを手に取り口に付けた。 「いいわね〜、怖さを知らない若さっていうのは・・・まあ ヴァレンもだけど」 カウンターに滴る水をダスターで拭き取りながらトッティが話しかけた。 『7番テーブル様、おあいそです。レジお願いします』 「あら、貴女の敵御一行様がお帰りよ。レジに行って来るわね」 「ええ」 ヴァレンの後ろを5人の客が通り過ぎレジに向かった。 ざわついた店内の声が入り混じっている。 酷く嫌な匂いを感じたヴァレンは振り返るのを止め、口元を押さえた。 「随分と余裕がおありのようね」 ヴァレンの背中ごしに匂いの根源であるチェンが話しかけてきた。 ヴァレンは体を翻すことなく、顔だけを傾け、言葉を発することもなく、また元の体勢に戻った。 「ふん、どうやら、わたくしとは口も聞きたくないようね。全く同意見だわ」 「おい、女、チェン様に挨拶をしろ」 チェンの取り巻きのサングラスをかけている男が騒ぎ始めた。 「およしなさい! 行くわよ」 チェンは男たちに命令口調で告げると、歩きながら捨て台詞を残した。 「せいぜい大会の時も、その調子でおとなしくしていて頂戴ね」 背を向けたままのヴァレンを睨み付け、5人は店を後にした。 まもなく、トッティがレジからカウンターに帰ってきた。 「まったく、嫌な客達だわ」 トッティが清々した声でつぶやいた。 「トッティ。アタシ凄く嫌な予感がするの」 「あら、ヴァレンの予感は百発百中でしょ。それは困ったわね」 「ええ。・・・ねえ、トッティ。万が一の時には助けてね」 「まかせて頂戴。念のためにアタシの所属するファミリーに連絡を入れておくわ」 「ありがとう・・・」 「そういえば、ボスが4月に代わったのよ」 「うん」 「なんとそれがね、ジパング国の25歳の女の子なんだけど、凄い切れ者なの」 「へ〜」 「まるで、ヴァレンと話をしているようだったわ」 「あはは、よしてよ」 「ううん、冗談じゃなくて・・・ジパング行きが決まったら、今度、会ってみない?」 「そうね、お礼を伝えなきゃいけないシーンに遭遇するかもしれないものね」 「その子ね、噂では大ボスTatsumiの愛娘で…名をMadocaって云うの」 「・・・覚えておくわ」 やがて、アンジェラとブラッドが席に戻ってきた。 ヴァレンは、2人の元気さを分け与えて貰うが如く、笑顔で彼らを出迎えた。 |