プラチナブルー ///目次前話続話

彼女の告白
May,4 2045

5月4日 22:30 辰巳邸 in Los Angeles

「円香は、いつ頃麻雀を覚えたんだい?」
「ん〜いつ頃だろう。トランプや花札を覚えた頃だから…」
「じゃあ、随分と小さい時からだね」
「うんうん」

フォログラムの中のゲームは南3局7順目を迎えていた。
東1局で、円香が当ててからは、ずっと2人の予想は外れ続けている。

4人の配牌を見て、『誰が何点で何順目に上がる』ということを予想することは、かなり難しい。
ゲームが進行していくうちに、賭けの選択肢には、様々な種類のものが用意されていることがわかる。

例えば、誰が・何点・何順目というような複合的な賭け方の他にも、
『上がり牌』・『裏ドラ』・『槓ドラ』などの牌が何かを単一での予想、
『上がり役』・『翻数』だとか、『放縦者』を予想する選択、
『明槓』・『立直』・『鳴き』の総数を当てる賭け方など、
ゲームの勝者を選択以外にも、あらゆる角度からの項目が賭けの対象となっていた。

また、1局ごとの細かい設定の他にも、1試合ごとの順位を予想するオーソドックスな方法。
リーグ戦やトーナメント戦の順位予想や、個人プレイヤーの年間の成績予想など、
そういった、長期的な賭け方は、個人を支援するスポンサーや、年金運用の年齢層の人達によって、
多額の資金が動いているようにも思えた。

画面右横のヘルプガイドを開いてみると、解説者リスト・攻略ガイド・など様々なリストが並んでいる。
プレイヤー自身の全成績を数値やグラフにした表や、スタイルをテキスト化したものまで、
一晩かかって目を通したとしても、全体を把握できないほどの情報が凝縮されていた。

「遼平、新しい飲み物を作ろうか?」
「あ、うん」

フォログラムの世界のテキストに没頭していた僕を、円香の声が現実の世界に引き戻した。

「随分と熱心に読んでたわね」
「うんうん、何かすごい世界なんだな、と思ってね」
「あはは、そうね」
「これさ、プレイヤーの立場からだと、ただ勝ち続けてればいいわけ?」
「う〜ん、そこら辺はどうなんだろうね」

カウンターの中で円香がグラスに氷を落とす音が響いている。

「プレイヤーは、賭けの対象者となることで、その掛け金の数%が収入になるから、
勝っている人の人気と収入は自然と上がっていくわよね」
「うんうん、確かに、賭けて貰えなければ話にならないもんな」
「だよね〜」

グラスを両手にひとつずつ持った円香が、席に戻ってきた時には、オーラスの牌が配られた。

南4局
17,500点 GEORGIA
34,500点 ICHIRO
12,000点 DRAGON
36,000点 KILIMANJARO


「さあ、オーラスだ」
「うん、もう一度当たるといいね〜」
「うん、がんばろう」

名前、レベル、配牌の向聴数、得点、順目の項目が画面に現れた。
現在の順位に従って、トップまでの得点差も表示されている。
その時、円香の携帯端末が着信を知らせるイルミネーションが灯った。

「あら、新しいミッションが来ちゃったわ」
「ミッション?」
「そう、組織からの指令よ」
「指令? 組織?」
「やだ、5月5日の0:00だなんて、あと小一時間しかないわ」

携帯端末に表示されているテキストに目を通す円香の横顔からは笑顔が消えていく。
僕は円香の顔と彼女の携帯端末とに交互に視線を移しながら、グラスを口に運んだ。

(組織? なんなんだそれは一体・・・)

不意に浮かんだ疑問を彼女に問いかけようかどうかと迷っていると、

「アタシね・・・実は・・・」

円香が椅子を右に90度回転させ、僕のほうへ向いた。
僕も慌てて彼女に向き合うよう左に椅子を回転させようとしたが、椅子が回らない。
どうやら、この椅子は右回転専用のようだ。
一度立ち上がり、彼女の正面を向いて座り直した。

彼女が両手を自分の足の上に置き改まった姿勢で僕と向き合うように座っている。

(何か、大切な話の告白なのだろうか・・・)

緊張感をほとばしらせながらも、彼女の左足の高い位置まで切れ込んでいるスリットから見える脚。
シルクのスカートの布地が、彼女の脚の輪郭をあらわにし、僕は不覚にもそれに目を奪われてしまった。

「遼平に話してなかったことがあるの・・・」
「うん、どんなこと?」
「アタシね、ファミリーからの仕事を請け負ってるの」
「うん」

(なんだ、内職のことか、円香に小遣いをあまり渡せてなかったからな。仕方がないよ)

「でね、時々報酬を得てるんだ。専業主婦は忙しいなんて嘘をついてごめんなさい」
「そっか、話してくれてありがとう」

僕がそう云うと、円香の表情がパッと明るくなった。

「でねでね?遼平。アタシ、これからも仕事を続けたいの」
「うんうん。いいよ」
「本当? 本当にいいの?」
「うん。いいよ」
「きゃ〜遼平大好き」

円香が突然立ち上がり、僕に抱きついた。

「ああ〜良かった。ずっといつ云おうかと迷ってたの」
「う、うん」

(そんなことならいつ話してくれてもOKしたのにな)

僕は彼女を抱き締めようして左腕を背中に回した。
右手はカウンターにぶつけてしまった。

「結構ね、危険な仕事もあるんだけど、遼平がいるから大丈夫よね」

(え?・・・危険な仕事?)

「でも、麻雀を打つだけの簡単な仕事だから、安心してね」

(え?・・・麻雀を打つ仕事? ファミリー麻雀? 内職?)

僕の頭の中には疑問符の暗刻(アンコ)が新たに誕生した。
彼女を抱き締めたまま深呼吸を2度ほどする時間が流れた後、

「さ、今夜のアタシの仕事ぶりを遼平も見ててね」
「う、うん」
「じゃあ、あと1時間しかないから、早速仕度をしましょう」

再び円香が、左腕の携帯端末を開いた。
僕はその時、彼女の髪の残り香に包まれ呑気に彼女を見つめていた。

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