ウィルシャー・ホテル May,4 2045 5月4日 21:00 ロサンゼルス連邦共和国 ジパングで2人の結婚式に招待できなかった人たちが、僕達のために催してくれたパーティが散会した。 これで、ゴールデンウィーク最終日までの、全てのスケジュールが終了した。 あとは明日の帰国の途だけだ。 「遼平、顔が真っ青よ。大丈夫?」 「ふ〜、大丈夫だよ。いろんなことに度肝を抜かれてね、魂が抜けそうだ」 「あはは、本当、お疲れ様、家に着くまで横になっているといいわ」 ウィルシャー・ホテルから、彼女の実家まで、送迎用リムジンの後部座席。 僕は彼女の膝枕の申し出を甘んじて受け、寝そべったまま彼女の顔を見上げている。 (この角度から彼女を見るのは初めてだな・・・) そんな呑気なことを思いながら、ここ数日の多忙なイベントが頭を駆け巡っていた。 AD2032年、アメリカ上院は州都独立法案を可決した。 世界で初めての企業体による国家運営が始まったのは、ここロサンゼルス連邦共和国。 年間売上が60兆円を越えたウォルマートを始め、シリコンバレーの企業群や、ハリウッドの映画産業、 ラスベガスのカジノ、モルガングループ、ロックフェラーグループを筆頭に、地元の有力企業のほとんどが、 国を運営することに参加し、出資した。 最大の出資企業は、ここ半世紀で急成長を遂げたタツミコーポレーションだった。 「タツミコーポレーションの名誉会長が、円香のお爺さんだったなんて・・・」 「あはは、普通、結婚前に、お爺ちゃんの肩書きなんて話さないでしょ」 「そりゃ、そうだけど・・・」 僕は半年前、初めての「見合い」で円香に出逢って、一目惚れをした。 帰り道に近くの神社で、 「この先、全ての運を使い果たしても構いません。どうか彼女と結婚させて下さい。」 と、財布ごと賽銭箱に投げ入れた。 後日、神主さんが免許証を自宅に届けてくれた。 確か、見合いの前に目を通した吊り書には、彼女の職業欄には、国家公安委員会と書いてあった。 役所関係ということで、その時は、てっきり親父が誰かに頼まれた義理の見合いの席だと思っていたけど、 円香を一目見て、しがらみだとか義理絡みだとか、当初の面倒臭さを全部忘れたもんだ。 「結婚しても、仕事は続けたい?」 「う〜ん、私、私服刑事になって、拳銃をぶっぱなしたかったんだけど、現場には出してもらえないから、辞めちゃう」 「あはは、そっか、安月給だけど、頑張るよ」 「うんうん、頑張ってね。私もお気楽主婦道を極めてみるわ」 彼女は、主婦らしくない主婦だけど、主婦業務は完璧だと思う。 いや、主婦らしい主婦なんて、母親の記憶がない僕にとっては、主婦道なんてものは全く想像もつかない。 でも、少なくとも彼女の笑顔を見ていると、毎日楽しそうだ。 が、その笑顔の根源が、『僕との結婚生活によるもの』なのだろうか・・・ と、ここ数日の、彼女の生い立ちの一部を現実として知って、僕は改めて考え込んでしまった。 「僕が、仕事に行っている間、暇を持て余していない?」 「う〜ん。これでも、けっこうスーパー主婦道は多忙だわ」 「そっか、円香に小遣いを少ししか渡せなくて、ごめんな」 「いいのよ、遼平だって、同じでしょ」 去年の冬のボーナスで、精一杯、奮発したつもりのフランス料理に感激してくれた円香。 でも、今日のパーティに出された料理やワインの銘柄を見た限り、 なんだか、とてつもなく生きてきた世界観のギャップを感じてしまった。 急に心の中でなんとも言えない不安感がむくむくと湧きあがる。 (そういや、ブロンズリーグに合格すれば、年収は20倍になるって陽介が言っていたな・・・) 「なあ、円香・・・」 「ん? なあに?」 車の窓ごしに懐かしそうに外の景色を眺めていた円香が僕に視線を合わせた。 「僕と結婚して、幸せかい?」 「・・・うん」 「本当?」 「どうしたの?急に・・・おかしなことを訊くわね」 「いや、なんかさ、今夜、会った人達を見たら、僕よりも君に相応しい人が、沢山いたんじゃないかと思ってね」 円香は一瞬、驚いたように瞳孔を開き、またいつものように瞳を細めて微笑んだ。 「あん、遼平ったら・・・今、きゅんとしたわ」 「なんでだよ」 「だって、遼平が可愛いこと言うんだもん」 「なんだよ、それ」 円香の膝の上にある僕の頭を、彼女は抱き締めた。 彼女の胸の中で、少しだけ僕の固くなった心が溶け始めた。 僕の左腕の携帯端末が着信を知らせる光を放った。 「あら、遼平、電話みたいね」 「うん、誰からだろう・・・」 僕は、体を起こし、左腕の端末をオープンにした。 ボタンを押すと、5インチの画面には陽介と晃一が手を振っている。 「あ、この2人、結婚式で女装していた人達だ」 「うんうん、陽介と晃一だ」 「よ、遼平、元気か〜。お、美人妻の円香ちゃん、こんばんは〜」 画面の向こうでは、晃一の顔がさらにアップになった。 「どうしたんだ?2人揃って・・・ん?その店・・・」 「そうそう、遼平のおじさんのBARに来ているんだよ」 「おお、早速使ってくれてありがとう。」 「いい店だね〜ここは」 先週の研修で、陽介と晃一が一緒になったことや、 この2人がいるBARが叔父の店だということを円香に説明しながら、 左腕の画面を円香が見えやすいように近づけた。 「なあ、遼平、今、店に円香ちゃんに良く似ている女の子が居てさ、 ちょっと、お前にも見てもらおうと思って電話したんだよ。」 「なに言ってんだよ、円香レベルの女の子が、そこらへんにゴロゴロいるわけないだろう」 「その意見は、俺も同感なんだけどさ、まあ、見てくれよ」 晃一は、入り口付近に座っている3人組が、画面に映るように角度を変えた。 店内が暗くてはっきりとは見えない・・・が、確かに雰囲気は良く似ている。 「どう、思う?円香・・・」 「う〜ん、暗くてよくわからないわね。でも、私よりも、むしろ、リカに似ているかも・・・」 「なあ、遼平、似ているだろ?」 「遠目だけど、マジで美人だぜ」 晃一と陽介は、僕が「うん」と認めないと、延々とこの話題を続けそうな勢いだ。 「今日はさ、お前の弟が休みらしいから、彼らのグループと一緒に打とうと思うんだ」 「へ〜、酔っ払って負けるなよ」 「おう、仲良くなって、いいショットを送るぜ」 「あはは、頑張れ」 画面の表示がフェードアウトして、待ち受け画面の円香の画像に切り替わった。 「あ、私だ」 「うんうん。普段は、円香の画像にしてるんだよ」 「わ〜い、嬉しい、私も遼平の画像を待受けに変えようっと」 「今は、どんなのにしてるんだい?」 「え〜とね」 円香が、左腕の携帯端末を開けると、リアルタイムで英文がスクロールしている。 「何なの、これ・・・ニュース?」 「ううん。これはね・・・とある組織からの暗号指令なの」 |