極端なつぶやき
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週末はある詩人(角川から白い文庫をたくさん出してるG.Nさん)のエッセイを読む。 エッセイの中に、恋愛は自分の意志でどうにもならない、起こったことをそのままに受け止めるしかないという箇所があり、本当にそうだと思った。
元BFが心変わりしてしまったことに悲しみや痛みを感じている私。 そして、その自分を俯瞰している私。 両方いる。
G.Nさんは、俯瞰する自分を大事にしている人。 あの諦めのよさと、起こったことをそのままに受け止める力。 淡々と冷静でいるところ。 読んでいて、心が落ち着いた。
人の心が変わるのは当然のこと。 その観点からみれば、私に起こった、この失恋は特別不幸なことでもなんでもない。 普通のこと。
ただ、最後に元BFが 「(私の気持ちを)薄々は知っていた」という、その一言はなんだかな〜と思う。 カウンセラーもそれを私から聞いて、 「彼はbetyさんを好きだったって言うべきだった」と言ってたけど。
あの一言は、今はどうしても納得ができない。 心変わりするのは仕方ない。 それで、私の恋愛的アプローチに冷たい態度をとるのも仕方ない。
でも、3年以上、私が元BFとの関係を大事に育ててきたことに対して、元BFと私の間にいい空気が流れていたことを認めてくれてもいいのに。 一言、俺も好きだったとか、落ち着いたら付き合おうと思ってたとか。 そうしたら、私は救われたのに。 何か、あの「薄々は」という一言で、今までの関係が否定された気がする。 それが本当に残念。
何で言ってくれないんだ? あの3年のやりとりの積み重ねは、元BFにとって何だったの? 他に好きな子ができたからって、それまで否定しなくていいのに。 変な奴。
私と関係を育ててきたって認めたからって、その後すがるわけでなし。 今までの私を見ていて、私がそんなことする人間じゃないってわかるだろうに。
あれは、元BFの脳天気さ、自己中の表れだと思う。 心変わりして、もう好きじゃなくなった子に、冷たくなるのは仕方ない。 でも、今までの関係を、やりとりを一言でも認めて欲しかったよ。
心変わりは恋愛において普通のこと、自分は特別不幸というわけではない。 でも、あの一言には元BFの自己中心性、脳天気さを感じる。
そんなことを考えつつ、過ごした週末。
G.Nさんのエッセイとヨガで、先週よりは大分元気になった。
眠れるし、食べれるし。 まだまだ量は食べれないけど、先週に比べたら、かなり食べている。 よかった。
今は、体調を整えて、転職することと、ボイトレに行き始めたんで、その成果を1年後くらいに発揮すること(具体的には自分でライブを企画・実行)を支えにしよう。
それにしても、元BFのブログを読むと、元気いっぱいって感じ。 振った側と振られた側では、全然違うんだなー 昔、アサーティブトレーニング(自己主張のトレーニング)を受けていた時、ある人が素敵だなと思っている人に気持ちを伝えるというロールプレイをやった。 その時、講師が 「自分がその相手をどんなに素敵だと思っていて、好きでも、その気持ちは相手には何の関係もないこと。本当に切ないことですね。」 と言ったことを思い出す。
私がどんなに傷ついていても、落ち込んでいても、元BFには何の関係もないこと。
元BFのブログに親と外食したことが書いてあった。 30過ぎて、親と自分が前から行ってみたかったというグルメなお店でソト飯して、そのレストランの批評をブログでしている元BF。 きっと、食事代は親持ちだろう。 脳天気というか、この人は本当に親に守られてるんだなと思った。
そこからくる、純粋さや優しさに憧れたし、大好きだった。 でも、今はそこからくる鈍感さというか、脳天気さが嫌い。 嫌いというか呆れる。
元BFとヨガの先生が合同で講師をしたWSがこの間あった。 その感想をヨガの先生がブログに書いていた。
それを読むと、ヨガの先生の方が元BFより全然しっかりしている。 ヨガの講師を週5〜6日して、一人暮らしして、インドへ行くお金も自分で出して。 東京に親が住んでいて、かなりお金持ちのおうち(昔は別荘を持っていたほど)出身みたいだけど、きちんと自活している。
ヨガの先生のブログと元BFがそれにつけたトラックバックを読んで、直感的に 「こりゃ、元BFはヨガの先生に相手にされないな」と感じた。
私の直感だけど、ヨガの先生は元BFのことを友達としてみていて、男性としては意識してない感じ。
正直、かなりいい気味の私。
ヨガの先生に振られて、私の良さを再認識して、戻ってきても、簡単には受け入れてあげない。 (あは、これは妄想です)
その脳天気さ、どうにかしなさい。
大分、元気になってきた、私。 元BFの悪口言えるほど、元気になってきた。
まあ、好きだった人のことをあんまり悪くはいいたくないけどね。
元BFの白さは私の希望だったから。
「一番好きだったところを一番嫌いになる。 何かの漫画で読んだな。
でも、よく考えたら、元BFの脳天気さと私のバカ正直さ、真面目さ、本当にお似合いだったんだよね。 私を振るなんて、元BFも馬鹿なことをした。 こんなに合う子いないのに。
なんてね。 言ってる私もアホやね。
でも、友達が元BFのこと悪く言うと、かばいたくなるし。
好きと嫌いの間で揺れつづける。
急がず、行きます。 揺れるのは悪くない。 その揺れが生きてるってこと。
mixiの日記に書くとしたら、どんな風に書くだろうと思って書いてみた文章 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 最近いろいろ
○○○の楽日に4年近く好きだった人にあっけなく振られる。 しかも、自分としてはその人との関係を大事に大事に育てているつもりだったのに(行動としてはちょっこっとデートしたことがあるだけだったけど)、そのことすら否定されたような振られ方で、本当に凹む。
人生、先のことはわからないね。
振られてから1週間、寝れないし、食べれないし、大変だった。
2週間たった今、やっと少しずつ失恋が受け止められてきた。
恋愛は相手のあること。 相手の心は自分の意志ではどうしようもない。 人を好きになる気持ちに、義務も責任もない。こうすべきもない。
想いが通じるかどうかは、自分の力ではどうにもならない。
失恋は当り前のこと。 好きになった時点で、半分は予想されること。 誰にでも平等に降りかかること。
友達とヨガと声を出すことに、ずいぶん助けられた。
振られてから、ヨガに一層励む。 何にもやる気が起きない中、ヨガだけはやる気になった。 汗をかくと気持ちが軽くなるし、呼吸法で胸が開し。
そうしたら、できなかったポーズができた。 最初、先生がやっているのを見た時、自分には絶対無理と思った難しいポーズ。
最後のシャバアサナで、声を殺して号泣する。
振られたけど、好きだった人は去って行ったけど、ヨガのポーズができるようになった。 すべては変化の途中にあるんだ、と思ったら、泣けた。 生きている。
生きていることは、絶えず変わっていくこと。
いいことも悪いことも起きる。 それが生きているということ。
失って、得て、また、失って。
すべてが絶えず変わっていく。
好きな人が行ってしまった。 それは、その観点から見れば、自然なこと、当たり前のこと。
もちろん、悲しいけどね。 気分は暗い。 いつもいつも両想いでいたい。 好きな人に想われたい。 でも、それは無理。
気持ちは暗い。 でも、私に特別なことが起こったんでない。 すべては変化していく。
マクロの視点。 ミクロの視点。
私個人の視点から見ると、特別なこと。 宇宙からの視点で見ると、普通のこと。
二つの視点を行ったり来たりする。
でも、今は気持ちが暗いんで、自分に優しくする。 やりたくないことはしない。 ゆっくり休む。
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