K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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2008年11月29日(土) シンハリ人とタミル人

太平洋戦争終結後。
彼がインドに戻ってきた時。
そこはもう彼のインドではなかった。
聞けば彼の家族はイギリスの統治官にとうに殺されていたのだと言う。
・・・
「セイロン島へ行け。」
インド統治に従事するイギリス官吏が彼に言った。
インド南端のタミル族に生まれた彼は、白色系の人種に服従する生活を続けていた。
何でも此の度、セイロン島での紅茶プランテーションに人員が必要なのだとか。
彼は従順に「はい」とだけ応えた。
というよりも、「はい」としか言う選択肢はなかった。
イギリス人に抵抗して死んでいく光景を幼い頃から知っていたし。
従順に従う事でなんとか生きてきた父親の姿を見て育った。
彼は白人第一主義を刷り込まれていた。
セイロン島へ飛んだ当日。
そこは酷い有様であった。
イギリス人に酷使された死体は、プランテーション農場までの道で数えきれなかった。
人間を消費製品の1つとしてしか見ていないイギリス人の横暴ぶりが顕現していた。
それでも許されるのだ。
彼らは白人なのだから。
しかし、彼の扱いはさほど酷くもなかった。
なんでもタミル人は従順だから重用されるのだという。
対して、セイロン島の原住民であるシンハリ人の扱いは酷いものがあった。
彼らこそがイギリスの消費製品であったのだ。
シンハリ人とタミル人である彼との間に溝が深まっていった。
そんな中で彼は1人のシンハリ人と出逢う。
シンハリ人の中でも珍しくイギリス人に重用されていた。
かと言ってシンハリ人から省かれることなく。
寧ろ愛されていた。
そして唯一彼と親しくしたシンハリ人であった。
そうして彼もシンハリ人に対してだんだんと打ち解けていった。
新天地としてのセイロンを彼は感じていた。
・・・
太平洋戦争後、比較的情勢が落ち着いたあと。
彼は久しぶりにインドへ帰国した。
もう白人に恐れる事は無い。
自由に暮らせるのだ。
・・・
彼は訃報に絶望した。
白い悪魔の手は去ったものの、すでに白い悪魔の手に自分の家族はかかっていたのだ。
知らない女が近づいてきて言った。
「あなた、タミル人?じゃあ、私たちの仲間ね。よろしく。」
彼はかような民族意識を知らなかった。
彼のインドではない。
彼の知らない「何か」が白人に代わって侵略してきていた。
「セイロン島へ行け。」
彼は突然其の言葉を思い出した。
そう、彼の新天地はもうセイロン島にしかないのだ。
シンハリ人たちはきっと快く迎えてくれるだろう。
・・・
彼がセイロン島に再び渡ると。
そこはもう異様な熱気であった。
「何か」がそこへも侵略していた。
シンハリ人はシンハリ人となっていた。
・・・
彼は海を眺めた。


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