K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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2008年08月20日(水) 主権国家体制

ようやく後期課外も半分終わり・・・。
しんどいですな・・・。
しかし、引退しても音楽室の玄関を使うのは非常に気まずい(汗)
まあ、打ち上げやったら引き上げますよ。
明後日部活に顔出すのでよろしくぅー。
それにしても、ブルスカは息が長いね(笑)
学校説明会でやるんでしょ?
パートはごちゃっと変わったかもしれないけど。
がんばってくらはい。

そんで。
今日すごくおもしろいなぁーって思ったのは、主権国家体制の萌芽。
これは自分で気付いたわけではなく先生から聞いたことですが。。
現在の主権国家体制はいつから始まったのか。
つまりは政治的機構としての国家の成立。
1648年三十年戦争の講和条約としてのウェストファリア条約は。
主権国家体制の確立として名高い条約ですが。
確立ではなく、これまた萌芽はいつだったのでしょうか。
師父曰く。
15、16世紀にまたがるイタリア戦争であったらしいです。
カトリックのフランスはイスラーム教国オスマン帝国と同盟を結び。
カトリックのドイツはイ国教、アングリカン・チャーチのイギリスと同盟を結ぶ。
そういえばこの頃から国際関係が豊か(?)になったねぇー。
豊かではないな・・・活発になりましたね。
つまり・・・この時を境に中世ヨーロッパが消滅したってことなのかな・・・。
だって主権国家体制の成立=近代国家の成立じゃない?
中世を象徴する教皇至上主義の衰退も14世紀に始まり。
15世紀で皇帝の優位性がほぼ確定したわけでありますので。
15、16世紀に中世世界が崩壊するのも当然なことなのでしょうか。
ちなみに中世においては、自分の運命は生まれた瞬間に決められていました。
だれのせいでもなく。
そういう社会だったのです。
あえて何かに責任を転嫁したいのなら。
それは歴史のせいなのです。
現在の人生も、歴史によって制限され、同時に自由を与えられている。
という文章を、最近読みました。
歴史は魅力的であり、人間の集蹟であり、恐ろしいものなのであります。

じゃねー。


多田K馬 /K馬への報告 /これ押すべし(≧ω≦)ノシ

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