K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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ようやく後期課外も半分終わり・・・。 しんどいですな・・・。 しかし、引退しても音楽室の玄関を使うのは非常に気まずい(汗) まあ、打ち上げやったら引き上げますよ。 明後日部活に顔出すのでよろしくぅー。 それにしても、ブルスカは息が長いね(笑) 学校説明会でやるんでしょ? パートはごちゃっと変わったかもしれないけど。 がんばってくらはい。
そんで。 今日すごくおもしろいなぁーって思ったのは、主権国家体制の萌芽。 これは自分で気付いたわけではなく先生から聞いたことですが。。 現在の主権国家体制はいつから始まったのか。 つまりは政治的機構としての国家の成立。 1648年三十年戦争の講和条約としてのウェストファリア条約は。 主権国家体制の確立として名高い条約ですが。 確立ではなく、これまた萌芽はいつだったのでしょうか。 師父曰く。 15、16世紀にまたがるイタリア戦争であったらしいです。 カトリックのフランスはイスラーム教国オスマン帝国と同盟を結び。 カトリックのドイツはイ国教、アングリカン・チャーチのイギリスと同盟を結ぶ。 そういえばこの頃から国際関係が豊か(?)になったねぇー。 豊かではないな・・・活発になりましたね。 つまり・・・この時を境に中世ヨーロッパが消滅したってことなのかな・・・。 だって主権国家体制の成立=近代国家の成立じゃない? 中世を象徴する教皇至上主義の衰退も14世紀に始まり。 15世紀で皇帝の優位性がほぼ確定したわけでありますので。 15、16世紀に中世世界が崩壊するのも当然なことなのでしょうか。 ちなみに中世においては、自分の運命は生まれた瞬間に決められていました。 だれのせいでもなく。 そういう社会だったのです。 あえて何かに責任を転嫁したいのなら。 それは歴史のせいなのです。 現在の人生も、歴史によって制限され、同時に自由を与えられている。 という文章を、最近読みました。 歴史は魅力的であり、人間の集蹟であり、恐ろしいものなのであります。
じゃねー。
多田K馬
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