| 2009年05月21日(木) |
『ブエノスアイレス』Re |
戯曲関係の翻訳本は読まず。
せめてもの気持ちから『ブエノスアイレス』を見る。
恋は盲目の時期は過ぎた感じ。
よく言えば冷静に見られるってことか。
ファイとウィンの背景(いわゆる履歴)に思いをめぐらすと
かなり退廃的な関係や未来が見えてきて
熱に浮かせされていた見方が影を潜める。
ラブストーリーには違いないが
ラブストーリーの形を借りた人間再生の物語なのだと改めて思う。
物語の中盤に登場するチャンの存在は救いだ。
ファイ(トニー・レオン)がウィン(レスリー・チャン)にとる態度や行動と
チャンにとる態度や行動の違いを意識して見る。
ファイが浮気性のウィンに振り回されているように見えるけど
実はファイが壁を作ってウィンを受け入れていないとも思える。
ウィンは本能的にそれを察知しているから
親の関心を引こうとする子供のように
ファイを振り回す態度をとる側面があるのではないか。
登場人物がとる態度や行動と内面の表現にギャップがあることに気づく。
怒っているが、それがそのまま内面の姿ではない、
というような表現が、それと直ぐわかるような単純さでなく巧妙だと思う。
これは登場人物のキャラクターを深めている俳優の力の領域?
何だかんだ言って見る毎に何かしら気づくことがある。
優先順位を考えて時間を上手く使う。
食事関係の時間を上手く配分する。
食事関係の時間をコンパクトにする。イタリア人?じゃないんだから。
妥協する点を見つけて手際良く行うための工夫をする。
今具体的に思いつくのは、洗う食器やゴミを増やさないようにする
ということ。
自分で自分に許可する。
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