気づいたら繋いだ手が離れていた。 大晦日、二年参りに行こうと、大好きな従兄と、その両親と一緒に近くの神社へ出向いた。 思った以上に人出が多くて、「絶対に離しちゃ駄目だぞ」と何度も念を押されたのに、人の波にもまれ、もがいているうち、従兄と繋いでいた手が離れてしまったのだ。 拝殿に向かって進む人たちは、おとなばかりで、小柄な子供を気に留める者などひとりもいない。 精一杯首をもたげて辺りを見回しても、目に入るのは見知らぬ人のコートばかりだ。声を上げたいのに喉も体も竦んで動かない。立ち止まる子供を、邪魔そうに押しやる手に逆らえず、人の波から押し出されてその流れの外へ飛び出した。 よろめいて、砂利敷きの地面に転びそうになる。 あ、と反射的に目をつぶり――だが、いつまでも覚悟した痛みが感じられないことを不審に思って、瞼を開く。 「おい、大丈夫か?」 体を支える細い手があった。細いのに頼もしい力。驚いて顔を上げると、転びかけた自分の体を支えてくれた少年の姿がある。 「何だ、どっか痛いのか? そんなに泣いて」 自分よりも年上に見える少年は、声もなく泣き濡れた顔を乱暴に拭ってくれた。どんな顔をしているかは、視界が涙で滲んでいて、はっきりとは見えなかった。 「怪我してるのか?」 問いかけに、かろうじて首を横に振るのが精一杯だった。それでも、「よかった」と笑った顔に、どうしてか無性にほっとする。 「おまえもはぐれたんだろ、俺も、油断してたら家族が見あたらなくなって」 言いながら、出し抜けに足許へしゃがんだ少年に、体を抱え上げられた。 「わっ、わ……」 「ほら、大声で父さんと母さん呼びな。向こうもおまえのこと捜してんだろ」 ほとんど肩の上に担ぎ上げられるような格好になって、ひどく驚いた。たしかに自分は小さいけれど、決して初対面の相手に小学六年生だと思ってもらえないほど小柄だけれど、自分とそう年が変わらなく見える相手に、まさかこんなふうに抱え上げられるとは思ってもみなかったのだ。 少年の体だって、まだ不安定に細い。怖くてその頭にしがみつくと、「こら」と叱られた。 「しがみついてないで、でっかい声で呼べって。親も心配してるんだから」 「……お父さんとお母さん、来てない」 「ん? 友達と来たのか? まあいいや、一緒に来たやつの名前呼べ」 急かされて、とりあえず口を開いたけれど、ふと辺りを見回せばあちこちから可笑しそうな視線が集まっているのがわかって、身が竦む。子供が子供を抱える姿がおもしろかったのだろう。知らない人たちの視線にさらされるのは怖い。いつも部屋に閉じこもってばかりで、人前に出ることなんて全然慣れていなかった。 「何だ、恥ずかしいのか? じゃ、俺も一緒に言うから」 自分にしがみつきっぱなしの相手に笑って、少年が大きく息を吸い込む。 「父さーん! 母さーん! どーこーだー!!」 てらいもなく大声を張り上げる少年に、くすくすと、大人たちの笑う声がする。 ますます恥ずかしくなって、そうしたら何だかどうでもよくなって、思い切って少年と一緒に口を開くことができた。 「ノリちゃーん! ノリちゃん、どこ!」 「よしよし、声出るじゃないか」 褒められて、自分でもおかしいくらい嬉しくなってしまった。今まで誰かに褒められる言葉が嬉しかったことなんて、たったひとりを除けばありえなかったのに。 「ノリちゃん、ノリちゃーん!」 「ノーリちゃーん!」 少年も一緒になって、従兄の名前を叫んでくれた。 「万里!」 すると、人波をかき分け、魔法みたいに、たった今名前を呼んだ従兄の姿が飛び出してきた。 「ノリちゃん!」 少年の体から飛び降り、従兄の方へ駆け寄る。あたりまえみたいに抱き締めてくれた腕に安心して、少年と出会って止まりかけた涙が、またどっと流れ出してしまった。 「ごめんな、大丈夫か?」 呼びかけてくる従兄に何度も頷く。 「――ええと、うちの万里を助けてくれたのかな」 「俺も迷子だったんだ」 従兄の胸に顔を埋めながら、少年とのやりとりを聞く。 そうだ、相手の顔もまだちゃんと見ていない。思い至って顔を上げるが、やっぱり涙で濡れた瞳は、相手の姿をうまく捉えることができなかった。 「あの……」 「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば! もうっ、何やってんのよ馬鹿真治!」 お礼を言いたかったのに、そんな行為に慣れずに戸惑っているうち、後ろから女の子に呼ばれて少年が振り返った。 「あー、悪ィ悪ィ、はぐれた」 「みんな先行ってるよ、寒いんだから早くしてよね!」 「へいへい」 あ、行ってしまう。 声をかけることもできず、女の子と一緒に去っていこうとする少年の背を、ただ立ちつくして見送った。 「行こう万里、父さんたちが心配してる」 「うん……」 従兄に手を引かれ、ふたたび人混みの中へ入る手前、気になって彼が立ち去った方を振り返った。 同じタイミングで、遠くになりかけた相手も振り返り、大きく手を挙げたのが見える。 「……」 小さく、手を振り返した。 それが相手に見えたかどうか、わからなかったけれど。
多分これが、お互い覚えていない、一番はじめの接近遭遇。
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