月に舞う桜

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2026年05月27日(水) 根源的な苛立ちを理解してもらえない

昨日の日記の続き。

件の事業所には心底怒りが沸くし、はらわたが煮えくり返っている。
でも、もっと根源的な怒りがある。それは、この人生をあと何十年も耐えなければならないことだ。

旅行に行きたいとか贅沢したいとか、そういう特別なことではなく、ただ生きるために、日常的に他人の手をかりなければならない。
そういう人生には、突然連絡なく介助者が来なくて生命の危機にさらされるかもしれないというリスクがある。
これをあと何十年やらなきゃいけないのかと思うと、本当に嫌気が差すし、腹立たしい。
せめて、お守りとしての安楽死制度があれば少しは安心して生きられるけれど、いまさら日本が人権先進国になるなど、期待できそうもない。

今回のひどい事業所の話を、友人たちにLINEで愚痴った。
連絡なくヘルパーが来ないというような個別の出来事への怒りは、みんな共感してくれる。
でも、「この人生をあと何十年もやらなきゃいけないことが煩わしくて腹立たしくて、安楽死制度がほしい」という根源的な苛立ちは、なかなか理解してもらえないようで、スルーされがちだ。
それで、私の失望と絶望はさらに深まる。

なんだかなあ。

あー、嫌だ嫌だ。
人生って、本当に嫌なものだ。


桜井弓月 |TwitterFacebook


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