月に舞う桜
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2018年08月26日(日) |
「感動」ではなく、現実の直視を |
「24時間テレビ」が放送された機会に、いち障害当事者の想いを書いておきます。
障害者という「属性」に、「頑張る人、困難を乗り越える人、感動を与える人」というレッテルを張らないでください。 そのようなレッテル張りは、むしろ障害者に対する差別や侮辱です。
非障害者がそうであるように、障害者も、その属性のみで生きているわけではありません。 非障害者がそうであるように、障害者にも、何か大きなチャレンジをしている人もいれば、たわいのない日常を送っている人もいます。 非障害者がそうであるように、障害者も、頑張っているときもあれば、ぼんやり生きているときもあります。
障害者という属性は、健常者を感動させたり何かに気づかせたり学ばせたりする存在ではありません。もちろん、個人の言動や実績の結果、人を感動させたり何かを学ばせたりすることはあるでしょう。しかし、そういった個々の経験と、障害者という属性を一括りでやたら美化することは別の話です。
ぜひ、障害者への虐待や、中央省庁や自治体による障害者雇用者数水増しや、最低賃金法の特例によって最低賃金未満で働かざるを得ない障害者がいることや、障害者差別解消法が施行されて2年経ったいまでも様々な場面で障害者が排除されている現実に目を向けてください。 教育・就労・住居の確保・自由な外出・親亡き後の生活……多くの事柄で機会を奪われ、権利が侵害されている障害者が多くいる現実を知ってください。
障害者が直面している現実は、「感動」などという言葉で解決できるものではありません。現実を知らず、現実と向き合わずに、ただ障害者の姿に感動するだけなら、それは障害者に対する搾取であり消費です。
また、障害者が必死に何かに挑戦して壁を乗り越えようとする姿を見て初めて、上記のような現実を知るなら、それは非当事者の怠慢です。
そして、これも本当に声を大にして言いたいのですが、善意の中に潜む差別が多いこと、非当事者が「障害者の権利擁護や保護」と思っていても実は障害者排除になっていることもあると、ぜひ知ってください。
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