月に舞う桜
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バタバタした一日だった。
社長が鬱陶しい。
気分転換に、会社帰りに近くのお店をうろうろ回った。
洋服を見ていてもアクセサリーを見ていても、そのお店にバッグがあれば、私はいつの間にかそちらへ吸い寄せられてしまう。 バッグを見ると、何であれもこれも全部欲しくなってしまうのだろう。洋服や靴やアクセサリーなら、そんなことはないのに。
GUは安い。安すぎる。あの値段を見てしまったら、他のお店では買う気がしなくなるくらいに。 とてもかわいいノースリーブのカットソーがあった。商品の現物を見る前に、ローラが着ているパネルを見て、惚れた。 ローラがモデルとして本気を出すと、何気にすごい。何でも着こなす。どんな洋服でもかわいく見えてしまう。
物欲が急上昇していて危険なことは自覚していたので、ぐっと自分を抑え込んで、何も買わずにショッピングモールを出た。
通りがけに、花屋があった。 例えば、5月2日にピンク色の花を買ったら、少し早めの母の日のプレゼントだと思われるのだろうか。 そんなことを考えたら、急にかなしくなって、人が行き交うのも構わずにワーワー泣きたくなった。
外に出て、暗い空を見上げた。 空。 空は、昼でも夜でも広すぎる。
誰かが隣にいてくれたらいいのに。 誰か、は、家族でもない友達でもない。岡田准一でもなければ、ピンクの花を捧げる人でもない。 その誰でもない、誰か。
別のショッピングモールへ行って、あまり真剣にではなく洋服を見て、やはり何も買わずに出た。
空は相変わらず広かった。
私は急に、一人で気ままにお店を冷かして回れることや、買うも買わないも自由に決められることが、嬉しくてたまらなくなった。 このままどこまでもフラフラ出かけて行って、一人でも生きていけるような気さえした。 ほんのちょっと前に「誰かがいてくれたら」と願ったことなんて、さっぱり忘れて。
春の香りには、麻薬の成分でも混じっているに違いない。 希望とエネルギーに満ち溢れた怪しげな香りに侵されて、いつもは閉じている脳のどこかが開いてしまうんだと思う。 正負を問わず、エネルギーが過剰になる。
まだまだあちこち買い物したい。小説を書きたい。本を読みたい。録り溜めた映画を観たい。
それでも結局、そのすべてが中途半端なまま、私は誰かを待ってしまうんだろう。
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