月に舞う桜
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朝、会社の一つ手前の駅で、素敵な雰囲気の男性が電車に乗ってきた。 単にイケメンというんじゃなく、その人が醸し出している空気に惹かれるものがあった。 その人は、ドアと手すりで構成されている角にもたれて、文庫本を読み始めた。 席は空いているのに、座ろうかと一瞬でも思案の表情を見せなかったところとか、手にしているのがスマホじゃなくて文庫本であるところとか、ジーンズに包まれてすーっと伸びた脚とか、本に落とした目線とか、一つ一つ、好ましく感じられたのだった。
私は、次の駅で降りなければならなかった。
恋にはスパイスが必要だ。恋が人生のスパイスなんじゃなくて。
たった一駅しか見ていられない、ということが、その人の「好ましさ」を感じ取った私の気分をより高揚させたように思う。 それから、春である、ということも重要な要素だったに違いない。春で、気持ち良く晴れていて、暖かな日だということが、恋じみたものにもそれ以外にも、拍車をかける。
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