月に舞う桜
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例えば私が落ち込んでいるとき、そうとは知らない友人が不思議と偶然にも連絡をくれたりする。落ち込んでいることを打ち明けなくても、私はその連絡自体に救われる。 そういうとき、人と人とはつながり合って、きちんと関わり合って、確かな縁と絆の元に生きているんだと思える。
その一方で、ときどき人間はやっぱりひとりなんだなあ、と思うことがある。 誰かに裏切られたわけじゃないし、疎んじられたわけでもない。ただ、「結局はひとりなのだ」と強烈に認識する。 楽しいことは他人と分かち合える。悲しいことも、分かち合ってくれる人はいる。 けれど、孤独は分かち合えない。
ならばいっそ、すべてを投げ捨ててどこかに行ってしまいたい、と思う。 煩わしいことは知らん顔して、消えてしまいたい。
だけど、そんなふうに思う時こそ、本当は繋がりを求めているのかもしれない。 すべてを捨ててここから消え去ったあとのイメージは、君の傍らでまどろんでいる私の姿だから。
「君がいれば、それでいい」なんてことは思わない。 家族も必要。友達も必要。仕事も必要。Xや他の音楽も必要。素敵な洋服やバッグも必要。 君がいなくても、そういう他の大切な人や物に囲まれていれば十分生きていける。 それなのに、衝動的に「君がいれば、まあいっか」と思いそうになる。
ミスチルの歌みたいに愛されたい。 あんなふうに愛してくれたら、Coccoの歌みたいに愛してあげる。 そうして、すべてを投げ捨ててどこかへ行って、そのままどんどん堕ちて行きましょう。
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