月に舞う桜

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2008年10月13日(月) トップたるもの、想像力を持てよ

先週火曜日のこと。

私が勤めている会社は特例子会社で、自社採用社員は全員が障害者、管理職は親会社からの出向者(と天下り)で健常者だ。

昼休み、話の流れの中でセンター長が言った。

「みんな、我慢強いよね。健常者と違って」

この言葉に少なからずカチンと来た私は、できるだけ怒りが全面に出ないように、けれども毅然とした口調を意識して言った。

「所長、それは違いますよ。我慢強くないと生きていけなくなってしまったんです。みんなが元々我慢強いわけじゃなくて、そうしないと生きて来れなかったんですよ」

私のこの一言で、それまで軽いノリで話していたセンター長が真面目な顔つきになり、「ああ、そう。そうなの」と、やや低く神妙な口調で頷いた。
私が頭に来たのは、「健常者と障害者」ときっちり分けた物言いをされたことよりも、我慢強いことがまるで障害者の性質でもあるかのようにさらりと言ってのけられた、そのことに対してだった。

私は生まれたときからこの体だから、中途障害特有の苦悩はない。進行性の病気でもないし、体に痛みがあるわけでもない(ずっと座っているので、腰やお尻が痛くなることはあるけれど)。
そんな私でも、強くなければ、あるいは強いふりをしていなければ、生きてこられなかった。
「生きる」というのは、呼吸していればいいわけじゃない。

「障害を持っていることは不幸なことではない」という言葉を、よく聞く。部分的には賛成だけれど、我慢強くなければ生きてこられなかったという事態は、やはりある種の不幸だと思う。
だから優しくして下さい、なんてことを言うつもりは毛頭ない。けれども、人の人生のそういう深みや切実さを想像すらしていないような軽い口調で、「健常者と違って我慢強いよね」なんて簡単に言わないでもらいたい。それも、組織の上に立つ人間が。
理解はできなくても、想像力を働かすくらいはできるでしょう?
私の言葉への返答が「そうだよね」ではなく、「そうなの」だったことからも、私の反応が彼にとって予想外なものだったことが分かる。なんて浅はかなんだろう。

彼にしてみれば、褒め言葉の意味で言ったのだろう。
でも、表面的で浅はかな褒め言葉や感心した態度が、私は一番カチンと来るのだ。悪意のこもった言葉よりも、ずっと。

人間はいろいろだ。健常者だっていろいろだし、障害者だっていろいろだ。我慢強い人もいれば、そうでない人もいる。例えば人生の途中で障害を負って、我慢強くなれずにへこたれてしまったとしても、それは誰にも責められることじゃない。むしろ、我慢強くなってしまった人の方が、限界まで頑張ってしまう分、心配なのだ。
忘れてならないのは、センター長という立場の彼が出会えるのは、ここ(うちの職場だったり社会そのものだったり)まで出てこられた人たち、すなわち我慢強い人ばかりであるということだ。
極端に言えば、私たちは表面にいる障害者に過ぎない。もっと奥には、彼の目に触れるところまで出てこられない人たちが、たくさんいるのだ。
そういうことにまで思いを至らせた上での「我慢強い」という言葉なら、私だってカチンと来なかっただろう。でも、あの彼の口調の軽さからは、そんな想像力は伝わってこなかった。
だいたい、想像力のある人は、当事者に向かって「障害者は我慢強い」なんて言わないものだ。

私が気持ちを飲み込まずにきちんと言ったのは、何より自分のために良かったと思う。そして、偉そうなのは承知で言うけれど、彼にとっても良かったはずだ。
私の言葉が、どれくらい切実な響きで彼に伝わったかは分からない。もしかすると、もう忘れているかもしれない。でも、願わくば、彼の今後の人生(特に、センター長としての人生)に何かしらの影響を与えますように。
彼は、病気や痛みに対する我慢強さの意味で言ったのだと思う。私は、体の痛みだけでなく、この世の中の仕組みに対する我慢強さも念頭に置いて、言葉を返した。あえてそこを強調はしなかったけれど。それを彼は読み取っただろうか。まあ、まったく読み取っていないとしても、それは伝わるように言わなかった私の責任ではあるけれど。

だいたい、何で貴重な憩いの時間である昼休みに、私たちと同じテーブルに座るのだろう。昼休みを何だと思っているんだか。
昼休みは、仕事の愚痴を言ったり上司の悪口を言ったりして、心身のリフレッシュを計る時間ですよ?
人柄がどうのと言うんじゃなく、センター長なんて肩書きを持っているだけで、あなたは同席を遠慮しなきゃダメなのよ。自分がいて、部下の心が休まるとでも思ってるのかしら。
そういうところが、一番嫌い。
でも、この日は、私に貴重な教えを乞うために同席したんだと思ってあげましょう。


桜井弓月 |TwitterFacebook


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