月に舞う桜

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2007年09月30日(日) 善き伝染の一端になれたらと

どうしたらマザー・テレサのようになれるんだろうかと、ときどき考える。
実際に彼女のようになろうとも、なれるとも、思わない。同じような道を行けるだけの精神力も体力も行動力も強い信念も、私は持ち合わせていない。
でも、あそこまでの精神に少しでも近づけたら、と思う。世の中や他人に苛立つことが多くて、自分の生活と心の安定が一番大事な私だけれど。

耳を澄ませて新聞やテレビを観ていると、今だってマザー・テレサのような人は世界中にいるんだということが分かる。
遠い国に飛んで行って、貧しい人や病気の人や子供や女性のために身を尽くして働いている人たちが、たくさんいるんだ。マザー・テレサほどには知られていないだけで。日本人の中にも。

昨日、マジシャンのセロが出ている番組をただの娯楽のつもりで観ていたら、そんな日本人に出会った。
タイのある村に、親を亡くした子供たちが生活するホームがある。そこの子供たちは皆、HIVに母子感染している。
そのホームを作ったのは、ある日本人女性だ。
彼女の友人がHIVに感染した女性たちを看取るボランティアをしていて、あるとき、友人に誘われて彼女もタイへ飛んだ。そこで死期の近い女性たちが共通して訴えたのは、「自分の子供を残していかなければならないのが一番つらい」ということだった。
それで、彼女は残された子供たちのためのホームを作った。現在、ホームには2,3歳から14歳までの子供30人が暮らしていて、彼女は子供たちの「お母さん」だ。
日本を離れて、HIVに感染している子供たちの面倒を見、愛情を注ぎ、育てる。そんなこと、なかなかできるものじゃない。

番組を観ていて一つ残念に思ったことがある。
「タイでは、HIVの知識を持たない人が多く、まだまだ差別や偏見が残っているという」と、ナレーションが入った。
日本は違う、と思っているのだろうか。
せっかく、あのホームや日本人女性を紹介しているのだから、「タイでも……」と言うくらいの意識をテレビ局には持ってもらいたかった。

マザー・テレサたちのようには、なれない。なるつもりも、ない。
ただ、自分にできるやり方で、何かをしていくだけだ。
セロはホームを訪れて、子供たちにマジックを見せた。驚いたり不思議そうな顔をしたり呆気にとられたりする子供たちの目が、キラキラしていた。
セロは、「僕は病気を治すことはできない。でも、僕にはマジックがある」と言った。
ホームの子供たちは近くの学校から就学を拒否され、車で30分かけて離れた学校へ通っている。村の子供がホームへ遊びに来ることもないため、なかなか交流の機会がない。
ホームのお母さんは、「一緒にセロのマジックを見よう」と言って村の子供たちを招待した。60人か70人ほどの子供がやって来て、ホームの子供たちと一緒に庭に座り、セロのマジックに目を輝かせた。その様子を見て、お母さんは本当に嬉しそうな顔をし、涙ぐんでいた。

人と出会い、その生き様を目の当たりにすると、その人の精神の欠片が自分の中に流れ込んでくる。自分が見聞きしたことを、また別の誰かに伝える。そうして、信念や情熱は少しずつ広まっていく。
マジックでは病気を治せない。でも、マジックを介して人が集まり、子供たちが自然と打ち解けていく。

マザー・テレサは、貧しい人のために生涯を捧げた。

ある日本人女性は、タイでHIVに母子感染した子供たちの家を作り、彼らに愛情を注いでいる。

セロは、マジックで子供たちに夢や希望を与える。

私は日本の横浜のこんな片隅で、ただの自己満足だけれど、見たこと感じたことを細々と日記につづっている。


桜井弓月 |TwitterFacebook


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