月に舞う桜
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2007年06月03日(日) |
俺はそーゆーふーに 呼ばれたかない!(hide『LASSIE』より) |
2年くらい前からだろうか、障害者を「障がい者」と表記する風潮が広まっている。 実は私、この「障がい者」という表記が好きではない。当事者の一人として、「勘弁してくれ」と思う。
まず、「障害」で一つの単語なのであって、そのうちの一字だけをひらがなにするのは純粋に違和感がある。全て漢字で書ける単語をわざわざ漢字+ひらがなで表記するのは不自然なことだ。難しい漢字というわけでもないのに不自然さを無視し、本来の日本語をねじ曲げてまで「障がい者」と表記するのは、何だか胡散臭い。 「害」という字のイメージが悪いというのが大まかな理由のようだけれど、だいたい、そのイメージをそのまま障害者という言葉や存在に結びつけるのはナンセンスだし、飛躍しすぎだと思う。 それに、もし悪いイメージを本当に払拭したいと思ってのことなら、漢字をひらがなに変えれば済むというのは発想が幼稚ではないか。
個人個人が「障がい者と書く方が良いな」と思って、例えば自分のサイトなんかでそういう表記にするのは別に構わない。構わないと言うか、私がとやかく言うことではない。 でも、役所や企業の公の文書で「障がい者」という表記を見ると、何だか気持ち悪いしぞっとしてしまう。『24時間テレビ』と同じにおいがする。 「私たちは障がい者のことを気遣ってますよ」的な雰囲気が漂っているのだが、表面だけ取り繕われても当事者の一人としては非常に白けるし、漢字をひらがなにしてみたところで一体何が変わるんだ? と言いたくなる。 それで何かものすごく良いことをしたような顔をされても……いや、たぶんやっている側は善意なのであって、「ものすごく良いことをしたような顔」はしていないのかもしれない、ただ私が捻くれているだけなんだろう。でも、無意識に他人を下に見ているからこその善意というものが、確かに存在する。 方向性を誤った「やさしさ」や「気遣い」は、一歩間違えると相手を見下す行為になってしまうし、「善意」である分、受けた方が大きな声で拒みづらいという点では時には強迫になりかねない。そういう「気遣い」は、逆に差別以上にタチの悪いものなんではないかと思う。
ひらがなは、漢字よりも口当たりがやわらかい。口当たりのよいものは、本当に大切な根本的な事柄をぼやかしてしまうことがある。オブラートで包んで、中身を見えなくするみたいに。 「障害者」を「障がい者」とすることで何かをした気になって、本当に重要なもっと深い問題、障害者の教育や就職や自立生活などの課題が意識の隅に追いやられたり、簡単なことのように考えられたりしなければいいなと思う。
うちの会社のサイトは、就職活動をしていた去年の2月に見たときには「障害者」という表記になっていて、世の中の流れに安易に乗っていないところが気に入ったのだけれど、甘かった。入社して間もなく、気がつくと「障がい者」になっていた。今や、親会社が発行しているお客様向けの案内も「障がい者」となっていてがっかりだ。 ただ、うちは特例子会社で社員のほとんどが障害者なので、社員の中から「うちも障がい者という表記に改めた方がいいのではないか」という声が上がっての変更なのであれば、それは仕方がない。 こういう問題で難しいのは、当事者でも両極の考え方を持つ人がいるということだ。 非当事者からの一方的な押し付けなら、まだ簡単なのだけど。 まぁ、同じ当事者と言っても私のような考えの人間もいるのだということを、非当事者の人たちにちょっと知ってもらえればいいかな、と。
ちなみに、私は「チャレンジド」と呼ばれるのも好きじゃない。これはあまり浸透していないようだけれども。 障害者を美化するのもたいがいにして欲しい、という気分になるのだ。 障害者・健常者に拘らず、何かにチャレンジしている人もいれば、していない人もいる。チャレンジしている時もあれば、していない時もある。 別の言い方をすれば、人間は生きている限り誰しもが「チャレンジド」だ。 障害者という一括りで考えたとき、一体障害者が何にチャレンジしていると思ってそう呼ぶのかと問いたい。 もし、障害を持ちつつ生きていることそのものがチャレンジだと言うなら、それは大きな間違いだ。チャレンジとは自分の意志ですることであって、障害とともに生きることは意志ではなく、「否応無くそうして生きねばならない」のだ。 障害を持って前向きに生きることはできる。けれども、障害者であるという事実そのものは、「チャレンジ」という言葉で表されるような前向きな事態ではない。
先日の『源氏物語』についての日記にも書いたけれど、私は美しくないものを美しく表そうとすることが好きではない。 障害者は、特別美しくもなければ特別醜くもない。でも、人間である以上は美しさも醜さも併せ持っている。
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